さんかくの部屋

アニメ、ゲーム、ミステリ感想、二次創作多めの雑多ブログです。最近は、まどか☆マギカ、マギアレコードばっかりですがよろしくです。

【感想ネタバレあり】「甘々と稲妻」そして少女は歩き出すんだなと【感涙】

こんにちは、小生です。

表題のとおり、雨隠ギド先生の「甘々と稲妻」ようやく最終巻まで読んだので、感想を書きたいと思います。

相変わらず、ネタバレありなうえに単純でよくわからん感想ですが、読んでやるよという方よろしくです!

 

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この作品をなぜ読んだかといえば、最初は絵が可愛らしいのに青年誌で連載されているということに興味を持ったからです。

昔から、小生も少年漫画も少女漫画も好きなものは何でも読み漁ってました。ただ、当時の日本ではまだまだ少年漫画=男の子 少女漫画=女の子 青年漫画=大人(まあここは激しい描写があるので仕方ないですが)というカテゴリーが表面上はびこっていたので、それを信じて俺は男だから女の子の漫画は読まないと言ってた友もいましたが、だいぶもったいない気がしてました。こういうとあれだが、精神的に深くて面白いのは当時少女漫画に多かった。(むしろ女の子の友達は少年漫画も少女漫画も区別なく読んでいた子が多かった)まだまだ表面上の事柄に縛られていた不自由な時代だったのだと今を比べると思います。だから、小生の生きていた時代の中で、今が一番思想的にも自由だなあといつも思うし、幸せです。

 

と、話が超長くなりましたが、つまりは、もはやカテゴリーで縛られないフリーな時代が到来したと感じることが小生ものすごく好きなんです。少女漫画に少年漫画風のタッチの作品が出たり、その逆とかも。それで昨年「甘々と稲妻」を知って読み始めました。

 

そもそも設定がせつないですね。母親を早くに亡くした少女(幼女)とその父親(学校の先生)の物語で、料理を通じて日々の生活や成長を描くという内容ですが。なんというか、母をしたう子供の気持ちというのは、他人でも涙が浮かぶくらい切ないものです。

しかし、最終巻!つむぎちゃんが大きくなっている姿を見て、安心&感動しました!いやはや、幼女の頃のつむぎちゃんももちろん可愛らしかったけれど、成長して高校三年生になっている姿を見るともう嬉しくて嬉しくて(親の心境に近いかもしれん)・・・ああよかったなあ。小さいころは美味しい料理を食べて喜ぶ姿可愛かったけど、だけどどこか、母親恋しなところがあって、そこが不憫でしかたなかった。これは小生の思い込みで悪いのだがやはり女の子(男の子もだが)には母親という存在が必要で。美味しい料理を食べてもやはり「お母さん」を思い出してしまうんだろうなあと。そう思うと、せつなくてね(涙)。

 

だからこそ、成長して夢を追うつむぎの姿がなんと嬉しかったことか!「時」の偉大さを小生この作品でも感じてしまいました。

 

そして父親である犬塚とその教え子(元)の小鳥ちゃんの関係もうまいこと描ききってたと思います。この関係性も小生がこの作品を最後まで読む理由の一つです。ほんと単純に恋人とかの結論に至らず、きちんとつむぎちゃんも含め、家族ぐるみの付き合いから丁寧にそして繊細に描いてくれてたなあと。この部分が本来今までの青年誌では難しかったところではないかと。こういうとなんだが、小鳥ちゃんはすごく可愛らしい美少女として描かれています。だからもう単純に犬塚は高校教師だが、もう付き合っちゃえよ!みたいな流れになるのではないかと二、三巻の頃はハラハラして読んでました。小生、年をとって生まれたまさかの百合脳(おいw)のおかげで、そういう展開は小生の中でナッシング!だったんです。

でも、そういう小生の危惧なんて必要なかったくらい、きちんと二人の関係は穏やかに続いてました。よかったよかった。作品の中でも小鳥ちゃんが友達に先生(犬塚)が好きだと見破られていて、指摘されるシーンもあるのですが、そこで「もっと複雑なのよ」と言います。まさにその通りだなあと、その後、成人して社会人になってそれでもつむぎちゃん含め家族ぐるみのお付き合いが続きます。そしてあの駅での見送りシーン!もう本当の夫婦みたいにつむぎを見送ってました。

単純に相手を好きだけではない、相手の家族も含めた好き、そしてまだまだ子供な自分を言い表すために使ったと思われる小鳥の「もっと複雑なのよ」という言葉。それが長い年月を経て、とうとう形になろうとしている・・・。その姿に感動しました。この二人はきっと恋人というよりも、もう自然にいつの間にか夫婦になっている、そういう感じがします。

 

そしてつむぎちゃん!食品栄養学(これがほんと今までの事考えるとらしくていいですね!)を学びに北海道の大学へ、お母さん方の祖母がいらっしゃるところなので、これで祖母も嬉しかったでしょうねえ、亡くなった娘の子供(孫)が居候するんですから、失って悲しんでいるのは、夫だけでなく、その親もなんですからねえ。なんだか自然とせつなくなる・・・。

 

そして、特筆すべきは、成長したつむぎちゃんの生き生きとした表情!めっちゃ小生大好きです!(叫び)うおお、こんな娘いたら元気がでるよ(やばい奴)食品栄養学を学ぶ理由「おいしく食べて健康になるんなら超ハッピーじゃん」とか、駅で見送られた後一人で「見ててね」とか、「それがそん時の世界一のおいしいやつになるからね!」とおばあちゃんに言ったときの表情とか、その全てに小さいころのつむぎの面影があって、しかもほんと輝いているんですよ!ドヤ顔でにやけてますが、そこも可愛らしいし(慈愛的に)本当作者さん、神!と思いました。ああいう表情、小生も浮かべてみたいし、そういう生き方したいなあと思うくらいなんですよ。

 

漫画って絵のうまさもなによりですが、なんというかその読者の心を射抜く「何か」を絵の中に宿せる人が小生はすごいなあと思うし、尊敬します。最終巻のあのつむぎの表情を見てから、小生はこの先生のファンになりました。

 

このお話は、全編を通じて読んで初めて感じたのですが、つむぎちゃんが歩き出すためのお話だったのだなと。最初はつむぎと父親の話、もしくは父親とその教え子の話になるのかと思いましたが、そうでなく、つむぎという少女にライトが当てられていた、そして今度はつむぎが誰かにライトを当てる、そんな物語だったと思います。

 

いやはや、感動した!

まだ未読の方で興味を持った方おすすめですよ!

 

 

ではでは長くなりましたので、この辺で、読んでくれてありがとさんです。