「なんかさあ・・・」
「え?」
杏子のつぶやきをさやかは聞き逃さなかった。その髪の毛と同じ蒼い双眸を友人に向ける。
・・・友人の方はさやかと対照的な「紅」である。
「いや・・今日のほむらの話が信じ難くて」
「ああ・・・私が魔女になっちゃうやつ?」
「・・・・」
ちっ、と舌うちして杏子はパーカーのポケットに手を入れた、ごそごそと何かを取り出そうとしている。
「やめなよ」
その上に手を重ねてさやかが咎めるように言う。
「・・・体に悪いよ、なんでそんなの吸うの?」
「・・・・・・・・・わかったよ」
舌うちしながらも杏子はさやかの指示には従う。その様子を見てさやかは微笑む。
「あんたってさあ、なんだかんだ言って、私の言うことは一応聞いてくれるよね」
「はあ?何言ってんだ・・・・馬鹿」
顔を真っ赤にした友人を見て、さらに「にしし」と笑う。
出会ってからもう何年経つのだろう。今では幼なじみの友人よりもずっと一緒にいる気がする。
んー、と両手を上に伸ばしてさやかは公園のベンチから立ち上がった。
「確かにさ、私もびっくりした・・・そんな時間軸の世界があったなんて」
腰に手を当て、友人を見下ろす。友人の顔が更に紅く染まるのをさやかは気付かなかった。
発端は、いつもの魔法少女のお茶会。
時間軸の話題になったきっかけは二人とも覚えていない。
ただ、美樹さやかが魔女化した時間軸があると聞いた時のあの空気の重さは尋常ではなかった。
誰も笑い飛ばせるものがいない中、
しばらくして美樹さやか自身が空気を軽くするため自らの愚行を面白可笑しくなじりはじめ、
いぶかしがる仲間をよそに、会はなしくずしに終わった。
「でもさ、なんか・・・私だったらそうなりそうだなって」
「なんでだよ!」
自嘲気味な蒼い髪の友人に腹を立てたのか、杏子が声を荒げる。
「あんたがそうなるわけねえだろ、あんたは一番・・」
「一番?」
うっ、と言葉を詰まらせて杏子は黙り込む。恥ずかしがっているのか、聞かせたくないのか(おそらく両方だろう)
その後の台詞はついに杏子の口から出ることはなかった。
友人がそういう風に言葉を詰まらせるのを何度か見てきたさやかは特に追求はしなかった。
「まあ、それにさ、そんなにわたしはショックじゃないんだ」
と、さも嬉しそうにさやかは言う。
「は?どうして・・・」
「あんたがいたから」
こういうと不謹慎かな・・・と頭を掻きながらさやかは続けた。
「だって、あんた最後までいてくれたんでしょ?魔女になった私の傍にさ」
「・・・・」
「だから寂しくないっていうかさ・・・まあ」
ありがと・・・とさやかはつぶやいた。
「・・・な、なんだよあたしは何も」
否定しながらも杏子自身動揺していた。この世界ではおこっていないことが、まるでこの身に起きているかのように
さやかの言葉が心に染みていく。
だが・・ありえることではある・・と杏子もさやかも感じていた。
時折感じる既視感、互いに強く惹かれる理由はこのあたりにあるかもしれない。
よいしょ、と再び横に座りなおした蒼い髪の友人を杏子は見つめた。
「いや・・・あたしもきっと、ここであんたが魔女になってもそうする・・・」
「・・・・・杏子」
しばらく見つめあったあと、二人何を思ったか微笑み合う。
そしてさやかはあたしってほんとバカだけどさあ・・・あんたも・・と言って杏子を肘で小突いた。
「あんたも相当バカ」
そしてまた二人で笑った。