さんかくの部屋

アニメ、ゲーム、ミステリ感想、二次創作多めの雑多ブログです。最近は、まどか☆マギカ、マギアレコードばっかりですがよろしくです。

悪魔は動揺する(まどマギ二次創作)

「ちょっと、あんた飲みすぎだって…」
「…うるさいわね」

蒼い髪の女性は目を丸くして驚いていた。それもそのはず、普段は出歩かない黒髪の相方がさやかの職場の近くのバーで酔いつぶれていたのだ。

『近くのいつものバ―で飲んでるわ、迎えに来て』

と仕事を終えたばかりのさやかに電話が入ったのは30分前のこと。まだ社会人になり立てのさやかは色々と気を使いつつ残務処理を終えて駆けつけた。

――うわあ、どうしちゃったの?

バーのレトロな雰囲気のある扉を開いた瞬間、さやかはそう心で呟いた。カウンターに…まるでこの世のものではないような、恐ろしいほど美しい女性が突っ伏していた。手にはまだなみなみと琥珀色の液体が注がれたグラスを持って。

「いらっしゃいませ」

年配の品のある紳士がさやかに会釈する。ここのマスターだ。英国風なウエストコートの下に皺ひとつないワイシャツ、蝶ネクタイ。どれをとっても完璧だ。白髪を撫でつけオールバックにしているが、それもまた日本人離れした風貌には似合っている。老舗のバーのマスターでもある彼はまた腕のいいバーテンでもあった。

「どうも…」

と愛想のいい苦笑いをして、さやかが仕草で黒髪の相方の泥酔っぷりの謝罪を表す。と、マスターは優雅に肩をすくめ微笑んだ。特段気にしてないようだ。

ここは警察官がよく利用するバーだった。御用達というわけではないが、元々品のいい紳士の利用するバーだったためか、客質も「紳士」が多く静かに飲むにはもってこいだ。普段外で飲めない(その美貌のためにどうしてもひと悶着起きる)相方のためにさやかがこのバーを紹介したのだが、どうやら気に入ったらしく、たまに二人で飲みに来ることがあるのだ。が、今回のように彼女一人で飲みに来ているというのは初めてだった。

「ったくもう…」

さやかはため息をつく。「うるさいわね…」とぼやきながら、また相方が眠りについたからだ。
柔らかい光でセピア色に包まれた店内は、5~6人座れる程度のカウンターと、テーブルが3つ。木の素材を中心とした店は、マスターと同じく古き良き時代の英国を再現しているかのようだ。マスターの背後にずらりと並んだスコッチの圧倒的な数には思わず驚かされる。
黒髪の相方もスコッチを飲んでいるのだろうか?さやかはグラスを覗き込むが色だけではさすがに分からない。

「…う…ん」

カウンターに突っ伏して寝込んでいる相方は、その艶のある黒髪を乱しながら、身じろぎした。白磁のような肌が黒髪の間から顔を出す。紅潮した肌に、閉じた目を覆う長い睫毛。
見惚れながらも、さやかは隣に座る。手を伸ばし相方の細い指を一本一本解きながらグラスを奪った。そうしてグラスを口にする。――ブランデーだった。

「…ねえ、どうしちゃったのよあんた」
「……」

ゆっくりと相方の目が開く、長い睫毛の下に隠されたアメジストの瞳がぎろりとさやかの方に向いた。アーモンド型のその美しい目は酔いのせいか涙目になっており、その何かを訴えかけているような艶のある眼差しに不覚にもさやかはどきりとした。
はあ…と妙に色香のあるため息をつくと、黒髪の美女はまた、ふてくされたように目を瞑る。

「あ、なんなのこらっ、まったく…」

さやかはグラスのブランデーを一気に飲み干した。彼女は酒に強いのだ。そうして立ち上がるとマスターに支払いを済ませ、相方の肩を乱暴に揺すり名前を呼ぶ。

「ほむら、帰るよ…ほむら!」
「…ほっといてよ」
「な…呼びつけておいてなんなのさ!」

さやかは「こうなったら」と呟くと、ほむらの足元にしゃがみ、そうして彼女の右腕を掴むと、腕と脇の間に頭をスポンと入れた。まるで犬が飼い主の腕の間に頭を入れるように。その仕草が可笑しかったのか、瞑った目を開けながら「飼い主」はクスクスと笑った。

「ほむら…いい?ほら、いち、にい…」

さやかはほむらの腕を肩に乗せると、左手を細い腰に回しそのまま立ち上がった。

「さん!」

寄りかかるようにして一緒にほむらも立ち上がる。

「犬みたい…」

クスクス…としなだれかかる黒髪の美女。どうやらさきほどまでの不機嫌さは消えたようだ。艶のある唇から歯が覗く。「ワン」とふざけてさやかが吠えると、ほむらは笑った。この10年で確執の取れた(はずの)二人はこのようにじゃれ合うことが多くなっていた。そんな様子を微笑ましく見守るマスター。気恥ずかしそうにさやかは礼を言って店を出た。

 

「うわ…寒いわ」

温かくなりかけたとはいえ、まだ夜の街は寒かった。
家まではさすがに距離はある。寄りかかるほむらを見つめ、さやかは囁いた。

「ほむら、おんぶするからちょっと立ってて」
「え…?」

そう言って、眼前で背中を見せてしゃがむ相方をほむらは呆然と見つめる。

「どうしたの?」
「…私、おんぶされるなんて初めてだわ」
「いいじゃん、今日が初めてで」

にっこりと微笑むさやか。その表情はさわやかで酔っ払った悪魔はさすがに何も言えない。
はあ、とため息をつくと、ほむらは蒼い髪の女性の背中に身体を預けた。手を肩に回す。よいしょ、とさやかはほむらの腰に手を回すと立ち上がった。

「悪魔って軽いのね」
「…うるさいわね、殺すわよ」

気恥ずかしげにほむらはさやかの背中に顔を隠す。その細い腕は落下を恐れてか、しっかりとさやかの肩を抱きしめていた。にしても、とほむらは軽々と大人の女性をおんぶして長距離を歩き続ける相方の基礎体力の高さに驚いた。「力」では圧倒的にレベルの低い彼女だが、「力」無しでのスタンダードな状態ではおそらく彼女がダントツで強いのだろう。

「ねえ…」
「何?」
「貴方もおんぶされたことあるの?」
「う~んと、ずうっと昔、小さい頃に一度だけあるかなあ、お父さんに」
「そう…」

二人は互いの背景をあまり語らない。二回も世界が改変された事実を唯一知る者同士という強い繋がりからか必要性を感じないということなのか。

ぎゅっ、と何故かほむらはさやかの肩を強く抱いた。

「じゃあ、貴方が私のお父さんになるのかしら?」
「なんでよ!てか、なんで父親っ?」

クスクスと笑うほむらと、動揺するさやか。自己完結性が強いためか、ほむらの言葉はたまに端的で、冗談か本気なのかさやかにはわからなくなる時がある。

「冗談よ…」
「そうでしょうよっ!ああ、もうびっくりした」

クスクスとさやかの背中で笑うほむら。しばらくして笑い声がやむと、さやかの背中に熱が伝わる。どうやら背中に顔を押し付けているらしい。寒い街の中を歩いているさやかにとってそれは不快ではなかった。しばらく心地よい沈黙が続く。

「まどかがね…」
「?……うん」

いきなり黒髪の相方が喋り出したことにさやかは驚いたが、それを押し隠し相槌を打つ。相方が語りたくなったときには、余計な茶々は入れずに聞くのが一番いいのだと、この10年の経験で彼女は知っていた。

「男の人と話してたの」
「…そう」

鹿目まどかが異性と付き合う、これは避けて通れない事だ。高校時代からずっと彼女を見守ってきた二人は内心穏やかでない状態で、常にそういった「イベント」を遠くからやきもきしながら見ていた。だが、幸運(というのであろうか)にも、まどかはまだ特定の異性とは付き合っていない。

「どういう状況だったのよ」
「…街で、二人で歩いてたわ」
「……確証はないんでしょ?勘違いじゃないの?あんたの…単に知り合いとか、別に異性と二人で歩いてたからって恋人とは限らないわ」

さやかも一抹の不安を感じたが、あえて客観的に刑事っぽく語る。彼女を悲しませたくなかったのだ。相方が、鹿目まどかの想いを募りに募らせ、とうとう人外と化し、世界を改変させたことは、美樹さやかしか知らない。彼女がどんな辛い思いをしてきたか知ってしまったさやかにとって、まどかを守ることの理由には、実は彼女を悲しませたくないという理由が付加されている。

「そう…そうよね」
「ええ、そうよ、だから元気出しなって」

うん…と子供のように頷くと、ほむらは甘えるようにさやかにもたれる。彼女は酔うと色っぽくもなり、また子供っぽくもなる。子供の頃に子供らしくふるまっていなかったからだろうか。

「見守るって決めてたのに…」
「………」
「あの子が人として幸せになるのを見届ければいいって…そう思ってたのに」
「………」
「いざとなると、寂しくて…辛いわ」

――私が幸せにしてあげられたらいいのに

「大丈夫よ」

――あんたを

「え?」
「それはあんたの超勘違い、私が保証する」
「さやか…」
「明日、それとなくまどかに聞いてみるわ、笑う準備でもしておきなさいよ?」
「馬鹿ね…」

二人で笑った。どうやらほむらの酔いも醒めてきたらしい。二人の住むマンションが近づいてきた。

「ねえ、さやか」
「何?」

さっきよりも肩を強く抱きしめられ、艶のある声で耳元に囁かれた。

「ずっと一緒にいて」

蒼い髪の女性は嬉しそうに口元を綻ばせ

「もちろんよ」

と囁いた。
背中から嬉しそうな笑い声。悪魔の白い手が伸びて、くしゃくしゃと乱暴に蒼い髪を撫でたのはきっとその回答で…。

 

<余談>

白いベッドの上で蒼い髪の女性と黒髪の美女は眠りについている。かたやタンクトップ、かたやキャミソール。いつも寄り添うように眠っている彼女達は今晩も変わらずそうしている。違うのは黒髪の美女の方が普段よりも甘えてくることだ。

「…なんか、あんた今日は特別くっついてきてない?」
「あら、主人が犬を抱きしめるのに特別なんてあるのかしら?」
「だから犬じゃないって…」
「貴方の身体温かくて気持ちいいわ…」

相方の言葉に聞く耳もたず、気持ちよさそうに目を瞑ると黒髪の美女は細い白い腕を相方に艶めかしく絡めてきた。ひい、と蒼い髪の女性が情けない声をあげた。下半身を覆ったシーツが山を作る、足も絡めてきているのだ。蒼白い月の光の下、白いシーツの上で二人の美しい女性が絡み合う姿は煽情的だった。

「ちょ、ちょ、ちょっと…わ、わ、わたしが眠れないわっ!」
「あら、発情した?」
「この…!」

くすくすと目を細めて笑う黒髪の美女、さきほどまでのしおらしさはどこへやら。いつもの主人らしさを取り戻した相方に、蒼い髪の女性はいいように振り回されて。

「抱っこして…さやか」

至近距離で囁くと、彼女は絡めた腕を解き、誘うように両手を広げた。
蒼い髪の相方はとうとうその胸に飛び込んで、細い身体を強く抱きしめた。気持ちよさそうに悪魔は目を瞑る。
その後、激しく「じゃれ合った」かは二人の秘密である。

END