さんかくの部屋

アニメ、ゲーム、ミステリ感想、二次創作多めの雑多ブログです。最近は、まどか☆マギカ、マギアレコードばっかりですがよろしくです。

ほむらプレゼントを渡す(まどマギ二次創作)

「おい美樹、何そわそわしてやがる」
「へ、い、いやっ、なんでもありません…」

白髪の初老の男に睨まれて、美樹さやかは慌てて首を振る。時刻は18時30分、定時はとっくに過ぎているが、マル暴には「ノー残業デー」という概念は無いらしい。無機質な執務室内には屈強な男達が肩を並べて事件の捜査資料を必死に作成していた。その凶暴な顔つきから、刑事の詰め所というより、暴力団事務所のようだ。

――わかってはいたけどさあ…

垂れ気味の目を再びパソコンの画面へ向けながら、さやかは心でぼやく。よりによってこういう時に限って事案は起きるのだ。ヤクザも厳かにクリスマスイブは過ごすべきなのに…。

「そういや、主任、近々異動があるんすか?」

さやかと同じ年代の若い男が突然顔をあげ、初老の男に声をかけた。ああ?と主任と呼ばれた白髪の男――岡山は若い男を睨んだ。荒くれた漁師のような、浅黒い肌に彫りの深い
顔。

「そんなこと上から一つも聞いてねえよ…何かあったのか?」
「はい、昼に本部の人事課長が執務室を訪ねてきてまして」
「人事課長が?」

周囲がざわめく。本部の人事課長がわざわざ部署のマル暴を訪ねてくるなんて、なかなか、いや、滅多に無い。どう考えても「引き抜き」かあるいは悪ければ「懲戒」の類だ。

「馬鹿野郎、そんな重要な事はさっさと言いやがれ、で…なんて言ってた?」
「すんません、人事課長は特に何も」

ちょうど朝から昼にかけて、執務室には若い男一人しかいなかった。事件対応で皆外勤だったのだ。

「逆に怪しくないっすか、主任?」

中堅の刑事が岡山に声をかける。ああ、と岡山は頷いて足元を見つめる。睫毛の下の灰色の瞳が一瞬揺らめいた。腕組みしながら何事か考えているようだ。

「また、美樹の引き抜き話じゃないんですか?」

どっ、と周囲が湧き上がる。彼女はどうも、この課でのいじられキャラらしい。「愛されている」と言われれば聞えは良いが。そこでようやくさやかも顔をあげ、自分を話題にあげた同僚の男を睨んだ。彼は高崎の後任だ。数カ月前の出張も一緒だった――。

「もう、やめてくださいよ、なんですか「また」って!」
「わかんねえよ?お前、この前の出張でも公安の男に声を掛けられてたしな」
「公安?」

岡山がニヒルな笑いを浮かべている男を睨み、そして今度はさやかを睨む。

「おめえ、公安と知り合いがいるのか?」
「へ、い、いや違います、たまたま旅行先で」
「旅行先?」
「はい、実は友人と――」

さやかが口を開いた時、電話の内線が鳴った。静まりかえる執務室内。このタイミングの内線の内容は決まっている。受話器を取った男が厳かに口を開いた。

「抗争です」

ヤクザを呪詛する声や、不満の声があがる。だが男達はそれでも素早く立ち上がりスーツを着込み、現場へ向かう仕度をする。

「美樹、話は後だ、絶対に忘れるなよ…いいな」
「はい」

主任の念押しに頷きながら、さやかは視線を壁に掛けられた時計に向ける。
せめて、イブとクリスマスの境目までには家に戻れますようにと願いながら。

*      *       *

『ほむらちゃん、まださやかちゃん帰ってこないの?』
「ええ」

携帯越しの「愛しい」女性の声を聞きながら、ほむらは囁くように返事をした。

『はあ…警察官は大変だね…ほむらちゃんも大丈夫?』
「私は平気よ、どうせあの人の事だからもう少ししたら慌てて帰ってくるわ」

ほむらは軽く目を瞑りながら笑みを浮かべた。
時刻は21:30分、イブとクリスマスの境目に妙にこだわっていた相方ならば、そろそろ家に駆けこんでくるだろう、蒼い髪を乱しながら。

「まどかはどう?楽しんでる?」

ほむらの右手がゆっくりと左腕をさする。

『うん、楽しんでるよ、パパもママも、タツヤもいるし、それに今日はタツヤのお友達もたくさん来てたの!』

どうやらすごく賑やかでそして楽しかったらしい、携帯越しの彼女の声は子供のようにかなり弾んでいた。優しく目を細めるほむら。

「…あなたが楽しんでいるのなら、私はそれで十分よ」
『もう、だめだよ…ほむらちゃんも楽しまなきゃ』
「そうね…」

ほむらは視線を窓の傍に飾ってあるツリ―へ向けた。薄暗い室内で、そこだけが幻想的に輝いていた。ほむらはまた左腕をさする。そこは、「あの夜」蒼い髪の友人が縋るように強く掴んだ箇所。

『ほむら、助けて…』

――もっと早くに気付いてあげたかった

あの夜、ほむらは蒼い髪の友人を受け入れ続けた。絶え間なく供給される快楽と飛びそうな意識の中、ずっと――。

『ほむらちゃん?どうしたの?』
「ああ、ごめんなさい、なんでもないわ」
『そう?…さやかちゃん、早く帰ってくるといいね』
「ありがとう、まどか、でも…あの人が帰ってきたらまた騒がしくなるもの、今が静かでいいかも…」
『フフフ、また、そんなこと言って…たまには「寂しい」って素直に言わないと』
「………」

ほむらは少しだけ頬を赤らめた。

『それじゃあ、そろそろ切るね、ほむらちゃんプレゼントは見つかったの?』
「ええ、見つけたわ」
『えへへ、さやかちゃん喜ぶよ、それじゃあ』
「ええ、またね」

それから、まどかの別れの挨拶を聞いて、ほむらは携帯を切った。ふう、と息を吐いて、ソファから立ち上がり、窓の傍へと歩み寄る。

半分に欠けた月が、黒づくめの服に身を包んだほむらを蒼白く照らした。

今夜は家の電気を消していた。クリスマスツリ―が綺麗に見えるからという相方の提案で。家主は律儀にもその提案を実行し、じっと相方を待っている。と、ほむらは口元を緩め、気持良さそうに目を瞑った。うっとりと何かに聴き入っているかのように。

しばらくして、ガチャリ、とドアの開く音がした。そうして慌ただしい足音と、犬のような唸り声。

口元に手をあて、ほむらは肩を震わせる。さも嬉しそうな表情で。

「ただいま!ほむら、遅れてごめん!」

大慌てだったのだろう、文節もなにやら危うげな順番で、相方は声をあげ駆けこんできた。
家主の予想通り、蒼い髪を乱しながら。
そうして、はあ、はあ、と肩を揺らしたしょぼくれたスーツの蒼い髪の女性は、腕を組んで窓の外を眺めている美しい女性の横顔を心配そうに見つめる。

「あら…別に待ってないから大丈夫よ?」

だが家主はそう言って、片方の眉をあげながら、口元を緩めた。あのさも嬉しそうな表情は見せる気はないらしい。その代わり、ほう、と安堵の息を漏らす蒼い髪の女性に近寄ると、「お帰りなさい」と囁いて、その肩に頭を預けた。

「……電気消しててくれたんだ」

しばらくして、蒼い髪の女性が囁いた。その視線は、窓の傍で彩り鮮やかに輝いているクリスマスツリーに向けられて。

「ええ、貴方がはしゃぎそうだから、仕方なく」
「ひど!」

くすくす笑いながら、ほむらは預けていた頭をあげて、そうして、蒼い髪の女性の視線を誘導するように、顔をくい、とテーブルへ向けた。

「わあ、ワイン…」

テーブルには家主の好む銘柄のワインと、そしてつまみ程度ではあるが、色どり豊な料理が用意されていて。嬉しそうに目を輝かせる相方に、ほむらはただ、「暇だったからよ」と囁いた。

「乾杯しましょう?さやか」

*     *      *

クリスマスまであと2時間、二人は無事計画通りワインを飲む事が出来たことに乾杯した。大雑把な家主の計画は、むしろ非常事態の多い二人には効を奏していて。テーブルを囲んで、二人は軽い食事と飲酒をはじめた。

「わ、美味しい」
「あら、貴方にもこのワインの良さわかるの?」
「わかるわよ」

ワイングラスを手に口を尖らせるさやか、そしてそれを目を細め、眺めながらグラスを傾けるほむら。
お酒を飲みながら語り合うことは、この二人の共通の楽しみであり、至高の一つでもある。
不思議と素直になれ、そして不思議と心が通いあっていることを実感する奇跡的な時間。
と、おもむろにさやかがもぞもぞと動きだして、腰のあたりに手をやった。

「どうしたの?」

ほむらがワイングラスを口にあてたまま、尋ねる。向かい合っている相方が、口元を緩めながら携帯を取りだした。

「えへへ、せっかくだから雰囲気を出そうと思って」


さやかは携帯をテーブルの上に置いて、なにやら操作した。と、いきなり激しいノイズと、音楽が出てきて、わ、とさやかが声をあげた。

「さやか?」
「いや、せっかくだからクリスマスらしい音楽をと思ったら…まちがえちゃったわ」

ヘビメタはなあ…と呟き、眉根を下げて情けなく笑う友人を、ほむらはあきれたように見つめた。

「情けないわねえ」
「えへへ」

この蒼い髪の友人は、「やる時」は「やる」のだが、どうにもこういう所は締まらない。肩をすくめて、ほむらはさやかから携帯を奪い取った。そうして、ごく自然にまるで自分のもののように器用に操作する。

「ほむら?」
「…ほら、これはどう?」

青い携帯から異国の子供の声が流れる。それは世界中で聞くことのできる有名なクリスマスソングで。

「わあ、さすが!いいねえ雰囲気あるわ」
「でしょ?」

再び肩をすくめ、ほむらはボトルを手にする。それをさやかが取り、ほむらのグラスに注いだ。二人なんとなしに目が合って。

そうして微笑んだ。

街の鮮やかなイルミネーションには遠く及ばないが、けれど二人で飾り付けをしたツリ―の明かりは何物にも代えがたいもので。異国の音楽と共に、二人はしばし雰囲気に浸りつつ会話をした。酔いがほどよくまわって語り合う時、二人は互いの背景は語らない。今、その場で思いついた、あるいは考えていたことを相手に問う、答える、心のキャッチボールのように。

おそらく他の誰よりも、誤解と確執のあった二人だからこそ。こうして語り合えることが無性に嬉しいのだろう。二人はただ無心に互いの事を想い、そして語り合った――。

*       *      *

ボトルから流れる赤い液体が途切れ、美しい黒髪の女性は口を尖らせた。

「あら、もう空だわ」

口を尖らせたまま、手でボトルをぶらぶらと揺らす様は、まるで子供のようで。思わずさやかは口元を緩めた。

「あんたって、こういう時は子供みたいで可愛いんだけどねえ」
「……そんな事言っても何も出ないわよ」

そうして、さやかを睨む。だが、焦点がうまく定まっていないため迫力がない。その白磁のような頬にはほんのりと赤みが差していて。彼女はだいぶ酔いが回っていた。フフフ、と対面で嬉しそうに笑うさやか。彼女の頬もほんのり赤く…。要は二人とも酔っていた。

「こら…貴方、何がおかしいの?」
「おかしくないわよ、可愛いなって…」
「…殺すわよ」

そう言って、テーブルに前のめりになりながら、ほむらは再び対面の相方を睨む。どうにも迫力が欠けていた。人外も、酔うと迫力は大幅に低下するようだ。

「フフフ、わかった、わかったわよ…じゃあ、何かお酒取ってくるわ」

そうしてさやかは嬉しそうにへらへら笑いながら立ちあがる。確か冷蔵庫にもう一本あったはずだ。ひょこひょこと軽やかにさやかは台所へ向かっていった。息を吐いて、前のめりになるほむら。どうやら睡魔が襲ってきたのだろう、目を瞑って顔をテーブルにつける。艶のある黒髪が白いテーブルにかかった。

「あれ?ねえ、ほむら…寝ちゃった?」

しばらくして、相方の囁きが耳元で聞え、ほむらは目をうっすらと開ける。アメジストの瞳が揺ら揺らと所在無げにしばし揺らめいて。と、ほむらの表情が訝しげなそれに変わった。視界に見慣れぬものが映っていたからだ。視界いっぱいに映っているのは赤と緑。

「……寝てないわ」

ゆっくりと、ほむらが顔をあげ、見慣れぬものを凝視する。よく見るとそれは赤と緑色の施された包装紙で。満面の笑みを浮かべた相方の両手に収まっていた。

「なあにこれ?」
「えへへ、メリークリスマス、あんたにクリスマスプレゼント」

時刻は0時を越えていた。クリスマスだ。

「ありがとう…何かしら?」

バスケットボール2個分くらいの大きさの包装紙を、不思議そうに見つめながら、ほむらは両手を伸ばし受け取った。そんなに重くは無いようだ。

「開けてみて?」

相方の催促に、こくりと頷きほむらは不思議そうな表情のまま、包装紙を開けた。ガサガサと音を立てて、現われたのは、茶色のぬいぐるみ。きょとんと目を見開き、しばしその物体を黒髪の美女は観察した。持ち上げて、あらゆる角度へ視線を向ける。

「これ、犬かしら?」
「いや、クマよ!」

ふうん…と言いながら、ほむらは白い手でぬいぐるみの頭の部分を撫でた。非常に手触りが良い。まるで子供を抱っこするように膝に載せて、ほむらはくすくす笑いながらその頭を撫で続ける。

「…触り心地がいいわ」
「でしょ?ふわふわのを探すの大変だったんだから」

得意げに歯を見せて笑うさやか。どうやら彼女も結構な少女趣味の持ち主らしい。ほむらが抱っこしているクマには可愛らしい赤いリボンが施されていて。くすくすと笑いながらほむらは立ち上がった。クマを抱っこしながら、すたすたと鏡台に向かう。

「え?どうしたの?」

何やら鏡台から道具を手にして戻って来た。ペットブラシだ。あっけにとられているさやかを余所に、椅子に座るとぬいぐるみにブラシをあてた。

「ちょ…やめなって、痛んじゃうわ!」
「毛並みをもっと良くしようかと…」
「だめだって…痛!!なにすんの!」

くすくす笑いながら、今度は止めに入ったさやかの頭にブラシをあてる。

「貴方のより柔らかいわ」
「ひど!」

歯を見せながら、ほむらはさも嬉しそうに笑う。行動はやや奇妙だが、どうやら気に入ってくれたようだ。特に答えを求めるのは野暮な気がして、さやかは何も言わず微笑んだ。
クマを撫で続けているほむらが、何かを思い出したように、手を止め、顔をあげた。

「そうだわ、私も…貴方に渡すものがあるわ」
「え?………マジで?」

ほむらの言葉の意味を咀嚼して、驚いたようにさやかは囁いた。
今までついぞ、クリスマスにほむらからプレゼントをもらったことなどない。まあ、自分が勝手に盛り上がって勝手に渡すだけだから、とさやか自身も言い聞かせていたが、さすがに一緒に暮らして8年も経つと、寂しくなるものだ。

「わあ、なんだか嬉しいわ…ありがとうほむら」
「まだ何かわからないのに?」

尻尾があれば、思いっきり振っているだろうと思えるくらいのさやかの喜びっぷりに、ほむらは少し苦笑して。そうしてクローゼットへ向かった。なにやらごそごそと取りだしたと思ったら、手のひらサイズの小さな袋を持って戻ってくる。「?」と不思議そうなさやか。

ゆっくり椅子に腰かけて、二人むかい合うと、ほむらは袋を開け手をいれた。

「はい」

ほむらがさやかに手渡したのは、赤い可愛らしいリボン、ラッピング用の花を開いたようなものだ。

「え?」

きょろきょろと周囲を見てもプレゼントらしきものはない。だが今さやかが手に持っているのは、ポンポンのような、プレゼントの箱につけるようなもので…。

「これ…って」
「もう…ほら」

ちょい、ちょい、とほむらが己の頭を指差すものだから、さやかはその頭のてっぺんにリボンを置いた。思わず吹き出すさやか。

「なによ?」
「いや…だってあんたの頭…パ、パトカーのサイレンみた…」

ばちん

「痛い!!」

顔を抑えながらさやかが悲鳴をあげる。黒髪の美女の手のひらが顔面にヒットしたのだ。
思わず涙を浮かべながら、さやかは抗議する。

「ちょ、ちょっと、あんたひどいじゃ…」
「ほんと、馬鹿には口で言わないとわからないのよね…」
「な…」

リボンを手に握ったまま、ほむらは相方を睨む。それは挑むようでもあり、またどこか――。

「――よ」

艶のある唇から洩れた言葉。蒼い髪の女性の目は驚いたように見開かれ、次第にその頬は赤くなる。それは酔いではなく、目の前の解答によって。
意味が咀嚼できないのか、それとも許容量をオーバーしたからか、その体は動かない。数秒ほどしてようやく蒼い髪の女性の口が開いた。

「……え、じゃ、じゃあ、そのプレゼント…って」

ツリ―の飾りがやけに眩しくて、いや、目の前の黒髪の相方が眩しくて、さやかは目を細め、そして更に顔を赤くした。

「…そうよ」

こくり、とほむらは頷いて、長い黒髪を梳いた。そうして、恐ろしいほどの美貌に酔いのためでは無い「赤み」をほんの少しだけ差しながら――唇を開いた。


「私よ」

 

END