さんかくの部屋

アニメ、ゲーム、ミステリ感想、二次創作多めの雑多ブログです。最近は、まどか☆マギカ、マギアレコードばっかりですがよろしくです。

悪魔談義(まどマギ二次創作)

「漠然としているからなあ…かなりそれは難しいよ美樹」
「え、やっぱそうなの?」

ああ、と返事して煙草を吸い始めるメガネの男は、このゼミでは独自の哲学理論を展開していて皆に一目置かれていた。ほお、と変な声をあげて天井に煙を吐く。昔見た怪獣映画の怪獣みたいに口から輪っかをだした。ぼさぼさの黒髪を乱暴に掻いて、煙草を灰皿に押し付ける。さやかは男のぼさぼさの黒髪を見て、複雑な表情を浮かべる、おそらくいつも見ている美しい相方の黒髪と比較しているのだろう。

「しっかし、美樹が悪魔に興味を持つとはねえ、今更ゲーテとか?」
「違うわよ」

隣の太り気味の男の言葉にさやかは口を尖らせる。

美樹さやかは某国立大学の三回生になっていた。専攻は哲学。
今時この学問を専攻するのは、かなりの変人か、直球で教授狙いの者だけだ。

――私はあんたが知りたいの


彼女は、「悪魔」と自称する女の事を知りたいと思う様になっていた。そのためにこの学問を専攻したのだが、なかなか目的は達成できそうもない。

「やっぱ、抽象的なのかなあ、「悪魔」って」
「サンタクロース並みにな、見ている人の世界で定義が変わる」

メガネの男の台詞にさやかと太り気味の男は笑った。

「お、美樹、かつ丼食わないなら俺が食おうか?」
「私が食べるの!」

二人のやり取りに今度はメガネの男が笑う。

ここは大学の学食だった。喫煙可能なブースで三人は遅めの昼食を取っていた。かなり広いスペースで、数十人は収納できるだろう。全体的に白を基調とした食堂は傾きかけの陽光に照らされ明るかった。白いテーブルに三人は何故か仲良く並んでいた。向き合うことで議論を誘発するのを避け、食事中はどうでもいい話をしようという趣旨だが…おそらくそんな理由を聞いたところで他学部の連中は、「やっぱ哲学はイカれてる」と言うにきまっているだろう。真ん中に座っているさやかはジーンズにパーカーというラフなスタイルで、両脇の同胞の男達もまた似たような格好だった。

楽だなあ…とさやかは思う。
蒼い髪に蒼い瞳、そしてどこか浮世離れした美貌の持ち主であるさやかは、年相応の女性の行うおしゃれにあまり興味を持っていなかった。とはいっても最低限のおしゃれと身だしなみはもちろん気を使うが。他学部の特にいい女が多いと評されているとある文系の学部は、もはや雑誌のモデルレベルの女性が数多くいた。学生生活を送る上で、結構面倒くさそうだし、それに彼女にはもうひとつ、特殊な「生業」もある。
哲学でよかった…とさやかは両脇の男達を見てつくづく思った。

『お、新入生か…そうか、君は実存主義?それとも主観と客観の対峙型?』
『いやいや、まてよ佐々木、彼女のこの容貌、この中性的で少年めいた美しさ、これはやはりあれだな、美学を根幹としたギリシア哲学を…』
『????』

ゼミの先輩であるこの二人に会った時の会話は鮮明に覚えている。その時さやかの頭には、はてなマークが無数に浮かんだ。この人達から見た私は一体なんに見えるのだろう?そう思うと同時に自然にこの二人に興味を持った。彼らは「美樹さやか」という人物を本人が全く知り得ぬ世界から見ているのだ。面白い。純粋に視野を広げたいとさやかは思った。

美樹さやかとて年頃の女性である。大学ではその美貌で数名の男性に声を掛けられたりもする、だが、面倒くさいのだ。誰とでも浅く広く付き合う性質を持つ彼女からして、特定の人物と濃い付き合いをするのはごめんだった。その点、この同じゼミの先輩はさやかをそのような目で見ない上、ある意味特殊な価値観で見てくるので楽だった。

「美樹さん」
と、女性の声でさやかの思考は途切れた。ついでにかつ丼を食べている口も止まる。しばらくもごもご口を動かして、水を飲むと、さやかは女性の方を振り向いた。
あの「とある学部」の女子学生だ。

「今週の土曜日飲み会があるんだけど…」
「あ、ごめん、ごめん私、コンパとかあんま興味無いんだわ、なんというかお笑い要員?って感じでさ、えへへ」

さやかは笑ってごまかすが、女子学生は笑顔で「違うのよ」と囁いた。

「コンパじゃなくて、「少人数」の女子会なの?是非来て、ね?」
「あ、そ、そう…うん、わかった、あはは」

しまった…と思ったが、もう遅い、調子のいいさやかはまたしても相手に合わせ、いかなくてもいい飲み会に出席することとなった。心なしか嬉しそうに去っていく女子学生の後ろ姿をさやかは複雑そうに見つめていた。

「…また、怒られるわ」

その呟きの意味を知るものは誰もいない。
と、さやかの肩に乱暴に手がおかれる。メガネの男だ。口元をにやにやさせながら、蒼い髪の友人を凝視する。

「な、なんですかいきなり…」
「いやあ、お前はほんっとモテルなあって」
「やめてください!」

びくっと身体を強張らせ、さやかは先輩を怒鳴る。
二人の男がどっ、と笑いだした。

「いやいや、だってさ、お前がこのゼミに来てからもう何回目なん?いやーすごいな、こう男女構わずタラシ込んでいく君の内なるエロス」
「ひ、人を色魔みたいに言わないでっ、なんなんですか!」
「まあ、まあ、色魔ちゃん」
「もう!」

彼女はどうあってもからかわれる性質であるらしい。数年後、刑事となってまでもからかわれている彼女に相方は「同情するわ」と優しく(面白そうに)囁くのだが、それはまた別の話である。

「ところで、君の主人たる傾国美人な彼女は今日はこないのかね?」

年寄りくさい口調で、メガネの男がさやかに言った。

「ああ、ほむらのことですか?今日は講義が午後からなんで、まだ…てか、主人ってなんですか主人って!」
「君従者だからそうだろ?」
「ちょっと!」

また二人の先輩にからかわれる。

「でもなあ、「あの時」の君はまさしく付き人だったよ」
「……言わないでくださいよ」

顔を真っ赤にして、さやかは顔を伏せた。

暁美ほむら 
さやかの中学からのクラスメートであり、そして他の人間からは想像を絶する特殊な事情で二人は生活を共にしている。大学ももちろん一緒だ。

「いやあ、しかし彼女は美しすぎるね、天香国色、沈魚落雁…どの言葉もうまくあてはまらない」
「……そこは「すっげー美人」とかでいいんじゃないですか?」
「美樹い、そこは男ならもうちょっとロマンが必要だぜ」
「男じゃありませんからっ、全然!」

かつ丼をようやくさやかが食べ終えた頃には、だいぶ日が落ちてきていた。

「おっと、美樹がメシを食い終わったところだし、次の講義まであと20分、どうする?」
「どうって、それじゃあ、あと10分は「悪魔談義」の続きに決まってるっしょ?」

太った方の男は結構なオカルト好きだった。

「俺のいろんな解釈を聞いてくれよ?」

そう言って、男は二人に語りだした。


*     *      *      *

「悪魔はね、スーパーナチュラルなんだよ」

はあ?とさやかとメガネの男は同時に声をあげた。
どうやら彼の中での定義によれば、超自然的現象だという。

「そのうちで、人間に災いをもたらす一切の現象を擬人化したものなんだ」
「なるほど…その定義も面白いかもね、なんか東洋の「竜」の定義と似ているわね」

さやかが同意すると、男はにやけた顔をした。

「俺は「悪魔」自体が存在しないものだと思っている」

メガネの男がいきなり語りだした。さすがにその展開はないだろうと二人はあきれたように男を見た。

「そもそも、悪魔という言葉自体、僕らが把握しているのは日本語としてだろ?他国によってはそんな言葉無いかもしれないし、そんな概念もないかもしれない。同じ言葉でも意味は無数にあるからね、他の言葉に置き換えられるってことさ。俺と美樹が「悪魔」と口から発しても、その意味するところは違うってこともあるだろ?」

「まあ、それは確かに」

「さっきのサンタと同じさ、俺は小さい頃から、サンタは遠い昔どこかの国の牧師やらなんやらがモデルって知っていた。昔の偉人を称えて、現代人がその季節に模写すると認識していた」

「ませてんなあ、お前」

「いや、ただそう知っていただけなんだよ、だから小学校の時、友達がサンタが「いる」「いない」で騒いでいる意味がよくわからなかった。父親がサンタと知って落ち込む友達や、空飛ぶトナカイを見たという奴、全く意味がわからなかったよ。俺と彼らでは捉え方が違ったんだ」

「それは…先輩が、実在した人間のモデルとして把握していたサンタが、他の子にとってはUFOのような扱いってことですか?見解の違い?」
「そうだ、悪魔もそうなんじゃないかと思う。可愛い子が彼氏を振り回しても「悪魔」だし、抜き打ちテストをする教授も「悪魔」だ」

思わずさやかは吹き出した。

「そして、大量虐殺を行った独裁者もな」

黙りこむ二人。さすがに独自の展開と、論客と言われるだけの論理力を持つだけはある。発想も突飛だが、理屈でなく引き込まれる。

「そして、さっき佐々木が言った超自然現象もまた悪魔かもしれない」

そうして、メガネの男は目を閉じる。ふう、とため息をついた後、また口を開く。

「これは言いたくないんだが、俺達も含めて、世界中になんらかの影響を与えている西洋の宗教に出てくる悪魔がもっとも定番な「悪魔」かもしれんな」

「ああ…」

二人同時に声をあげる。
そうなのだ、どうしても「悪魔」といえばそこに考えがいたってしまう。
世界中の誰もが読んでいると言われるバイブル。
神に叛逆した者。
林檎を勧めた者。

「俺達はすでに思考もレールに敷かれているのさ、どんなに自由に発想したと言ってもすべての古典的バイブル、なんらかの書物、なんらかの思想で凝り固まっている」

「洗脳ってこと?」

「まあそうも言えるな。世界の起源も、天国も地獄もすべてなんらかの書物に記されている。悪魔もそうさ、もし名前が無かったら?美樹さやかという人間に名前がつけられないとしたら、お前は自分をどうやって定義する?」
「難しいわ…」
「そういうこと、まずは言葉ありきだよ。悪魔がどんなものなんて定義も糞も本当はないんだ、悪魔なんてどこにも存在しないんだよ、あるのは悪魔的所業の人間だけだ」

まあ、そういいつつ「悪魔的」という言葉を使っているあたり俺も言葉に縛られているがな…そう言ってメガネの男は笑った。

 

午後の最後の講義は一般教養だった。
三回生のさやかは既に必要な単位数の一般教養は履修済みなのであるが、事情があってこの講義は受けている。
大講堂の後ろの隅っこにさやかは座る。
「化学」という文系の学生ならダッシュで逃げそうな科目だというのに、この講義は人気があった。壇上に年配の女性があがってきた。とても穏やかな顔で、彼女は講義を始めた。

「あら、今日は眠ってないのね」

真面目にノートを取っているさやかの耳元で、いきなり艶のある声が聞えた。
手を休め、さやかは声の主を睨む。

「もう…ほむら、びっくりしたじゃない…」
「あら、貴方でも驚くのね」

クスクスと黒髪の友人は笑った。
そう、さやかは友人である暁美ほむらと一緒に時を過ごすためにこの講義を受けていた。
専攻が、哲学と化学と全く異質なため、三回生になってからは、大学内で会う機会がかなり減っていたからだ。そう言っても家では常に一緒ではあるのだが。

「まあ、貴方がいつもいい席を取っていてくれて助かるわ」

そう言って、黒髪を掻きあげて、鞄からバインダーを取り出す。さやかは友人の美しい横顔に見惚れた。白い肌に長い睫毛の下のアメジストの瞳、そして艶のある黒髪、あまりにも整い過ぎていた。

「あら…見惚れてるの?」
「ちっ違!……ぅわ」


大きな声をあげようとして、思わず自分の口を抑えて前かがみになる。
そう言えば講義中だった。そんな友人の姿を見て、ほむらは口元を一瞬引きあげた。そうして前を向くと、真面目に講義を受け始める。

…ほんと、こいつ変わったわ

と、さやかがちらりとまたほむらの方を見る。

チェック柄のスカートに白のセーター、一般的な女子大生の格好。
こいつが悪魔なんて誰が思うだろう?
と、さやかは脇に痛みを感じた。ほむらが肘で小突いたのだ。

「…集中しなさいな?」

気付けば、頬杖をついて、さやかを見ている。その目は面白そうに細められていて。

「それとも、ずっと私を見てる気?」
「そんな…事」
「じゃあ、前見なさい」

うん、と素直に頷いて、さやかは前を向く。ほむらはその様子を面白そうに眺め、そうしてまた顔を前へ向け、講義に没頭した。

――あんた…笑うのね
――あら、失礼ね、悪魔でも笑うわ

今でこそ、ほむらは普通に笑うが、一回生の頃は常に無表情で、周囲に冷淡な印象を与えていた。さやかに対しても滅多に笑うことがなかったのだが、ある日を境に、彼女は変化していた。いや、進化というべきか。

私…何かしたっけ、それともほむら自身が変化したのかしら?うん、そうね、そうだわ
「さやか」
「え?」

前を向きながら、ほむらは呟く。おそるおそる伺い見るさやか。

「だだ漏れよ、貴方の思考」
「わ…ごめ」

はあ、とほむらはため息をついた。

「…変態ね」
「なんで!」

小声でさやかは抗議する。だが、涼しい顔をして、ほむらは講義を聞いていた。

「ったく…」

*   *     *

「ねえ、あんたなんでいつもぎりぎりで出席するの?」

講義が終わった後、二人はその場で雑談を始めていた。
しかしその間に何人のいや、何十人の学生がほむらに話しかけただろうか。
それをほとんどさやかが「取り込み中で」とか「今込み入っていて」とかいろいろ理由をあげて流していた。

「…あんまり人のいるところにいたくないの」
「まあ…確かに」
「貴方がいると、だいぶ助かるわ」
「あんたも大変よね…」

とにかく彼女の元には人が群がる。はあ、とさやかはため息をついた。そうして、多数の学生を流しまくっている自分はかなりの確率で恨まれているのだろうなと思った。

「でも、私もきっと恨まれているわ、あんたのファンに」
「あら、私を独占できていいんじゃない?」
「よくもまあ、ぬけぬけと」

そう言って二人は笑う。
いつの頃か二人の間にはわだかまりが無くなって、その代わり名前のつかない「何か」が生まれていて。

「ねえ、さやか」
「ん?」
「貴方さっき先輩方と何を話してたの?」
「ああ…『悪魔談義』をね」

そうして、さやかは黒髪の友人に悪魔についての定義を話した。
あきれたようにため息をつくほむら。

「貴方…まだそんなこと考えているの?」
「だって知りたいじゃん、ほむらのこと」
「……馬鹿」
「ひど!」

ほむらは「くだらないわ」と呟いてまたため息をついた。
そうして机のものを鞄に収め始める。さやかもそれ以上は語らず帰り支度を始めた。

「それで?」
「え?」

ほむらはこちらを見ないで言葉を発する。
不思議そうにそれを見るさやか。

「貴方はどう思っているの?さやか…」
「私?」
「ええ、私の…悪魔の定義を聞きたいわ」

そう言えば、自分の定義を話してなかった…さやかは目を輝かせた。

「聞いてくれる?」
「ええ、一応は」

そうしてさやかは嬉しそうに友人に語った。

「すっげー美人」
「え?」

こちらを振り向き、眉をひそめるほむら、だがそんなことを気にすることもなく、さやかは続ける。

「悪魔って、とても美しい女性のことだと思うんだ、私はね!」
「………先に帰るわ」
「え、なんで?」

慌ててガタンと立ち上がるさやかだが、ほむらは更に上回る。スタスタと講堂から出て行ってしまった。当惑するさやかは慌てて声をかける。

「ねえ、待ってよほむら!」

だがほむらは歩みを止めない。
だから、さやかはほむらの顔を見ることができなかった。

「馬鹿…」

と呟きながら、悪魔は顔を紅潮させていた。

その表情はとても…


END