「私はね、美樹さやか…」
「うん?」
アメジストの瞳を妖しげに揺らめかせて、暁美ほむらは美樹さやかを挑発的に見つめる。
白い頬にかかった黒髪と、濡れた唇が艶めかしい。
何回も大学時代にその美しさは異性に有効と進言したはずなのに、結局暁美ほむらは異性と付き合うことはしなかった。
「ちょっと…貴方人の話聞いているの?」
「あ、ごめん、聞いてる、聞いてるわよ」
ったく…とテーブルに肘をついて顎をのせたまま、ほむらはため息をついた。当たり前の仕草でさえ美しい。キャミソール一枚で包まれている細い身体の白磁のような肌、艶のある長い黒髪。さやかも続いてため息をつく、別の意味で。
「あんたって…ほんと綺麗だわ」
見惚れたままさやかは呟く。美樹さやか自身も美しく成長はしているが、さすがに黒髪の友人には及ばないと思っている。彼女はあまりにも美しすぎる。どう転んだらこうなるのだろう?
「あら…人の話を聞いてないと思ったら何?今度は私をくどく気?」
「んなっ…もう、ちょっとからかわないでよ!」
アーモンド形の目を細め、からかうようにほむらが囁く。動揺してグラスからウイスキーを零しそうになる友人を見て、クスクスとさも可笑しそうに笑った。
「顔が赤いわよ、さやか」
そうして自身もさも美味しそうにグラスに入った琥珀色の液体を飲む。
空になったのを見ると、行儀悪くそのままグラスを持ち上げ、舌を伸ばして水滴まで飲み干す。
赤い舌がどうにも煽情的で、さやかは額に手をあてて目を瞑る。
「あんたのソレ、厄介、エロすぎるわ」
「あら、貴方にも「効果的」なのコレ?」
そう言って、子供があかんべえとするように、舌をさやかの眼前に付き出す。
わああ、もうと言って、さやかが意味もなく両手をじたばたさせる。珍しく歯を見せて笑うほむら。
……二人は要するに酔っていた。
『たまには一緒に飲みなさいよ馬鹿』
そう言われてから数日後、さやかが早めに帰宅してほむらと一緒に酒を飲み始めた。
二人は意外にも、酒が入ると話しが弾むのか、もう時計の針は深夜を回っていた。
「ん…ほむら、ほら飲みなよ」
トロトロと眠そうな目でさやかはほむらのグラスにウイスキーを注ぐ。
焦点が定まってないのだろう、カタカタとグラスとボトルが音を立てる。
「フフフ、ちょっと…貴方…アル中?」
そういうほむらも顔を紅潮させて、さやかを面白そうに見つめている。
不思議だ…とほむらは酔った時独特の浮遊感の中思う。
何故こんなにも目の前の蒼い髪の友人といると時が経つのが早いのかと。
かつて遠い昔の世界であんなに彼女と確執があったのが夢のようだった。
…もしかしたら私は、こういう風にずっとこの人とこうして語りたかったのかもしれない
「ねえさやか」
「ん~なあに?」
うとうとと、前のめりになりかけるさやかにほむらは囁く。
「どうして貴方は私と一緒にいてくれるのかしら?」
ずっと聞きたかった事。今、この状況なら素直に聞ける奇跡的な瞬間。
「……たいから」
「え?」
うまく聞き取れなかった。
「ほむらを感じたいから」
「……」
思わず沈黙する。
「なんか、ほむらがいないと…私一人だけがこの世界にいる感じで…」
「……」
「寂しいから」
ダメ?とさやかは上目づかいで聞いてきた。新鮮だった。ほむらは自分の動悸が少しだけ早くなるのを自覚した。
自分だけでなかったという安心感でほむらの心が満たされていく。
だが、素直になれたのはここまで、潤んだ目でほむらは「しょうがない人」と囁いて、その友人の頭を軽く叩く。
「安心なさいな、貴方は悪魔の私と契約したわ」
桜舞い散る中、悪魔と天使が「契約」を取り交わした日をほむらは思い出す。
「貴方は私と一緒にいるのよ、ずっと」
ずっとね、と友人の蒼い髪を撫ぜた。
その手を握り返され、ほむらは一瞬、怪訝そうな表情をする。
友人は眠たそうに、でも嬉しそうに微笑んで
「一緒に…眠ろう?」
少し熱を帯びた蒼い空のような海のような瞳がアメジストの瞳を捉える。
悪魔の頬が更に紅潮したのは酔いからか、それとも別の何かか。
しばらくして、悪魔は潤んだ瞳で熱い眼差しを蒼い髪の友人に送りながら、
ただこくり…と頷いた。
END