さんかくの部屋

アニメ、ゲーム、ミステリ感想、二次創作多めの雑多ブログです。最近は、まどか☆マギカ、マギアレコードばっかりですがよろしくです。

ほむら風邪をひく(まどマギ二次創作)

白い手が伸びて、私の手を掴むのだ。

――さやか

と呼ぼうとしているのだろう、しかし私には聞えない。彼女の口からは泡沫が溢れてきて声にはならなかったのだ。

ここは蒼い水の中だった。
何故、彼女が私のテリトリーにいるのかは思い出せない。ただ、私は水の中でも相変わらず美しい彼女に見惚れて言葉を失ってしまうのだ。

――ほむら

ようやく、私も彼女の名を呼ぼうとしたのだが、もちろん声にならない。
彼女はとてもおだやかに私を見つめている。

長い黒髪が水中に舞い、白磁のような肌が水の中で蒼白く輝いて、そうしてやけに生気溢れる唇が優しく微笑みを浮かべていた。

私はもう片方の手で彼女の腰を抱くと、水面を見上げる。
視線を交わすと、ほむらは私の肩へ手をまわして身体を密着させてきた。

私達は両脚を動かして、少しずつ上昇する。光溢れる水面を目指して。

光にもう少しで――

*       *      *


「……ん」

身じろぎしながら、美樹さやかは目を開いた。
ゆっくりと上体を起こすと、乱れた蒼い髪を乱暴に掻く。

「…また夢かぁ」

う~…と犬のように唸りながら両手を上にあげ、伸びをする。しばらくその状態が続いた。
ふう、と息を吐きながら伸びを解くと、タンクトップの紐がずれた。紐を直しながら、さやかは呟く。

「ったく…」

サイドテーブルに置いた携帯を見ると、もう昼に近い。陽光が優しくベッドの中のさやかを照らしている。はあ、とため息をついて、さやかは天井に視線を向ける。

――最近ははっきりしない夢が多い。

さやかは額に手をあてながら、物憂げに目を細めた。普段騒がしい彼女も、黙りこくってしまえば結構な美人であるが、残念ながらそれを指摘する者はいない。

ぱん

そうして、本人自身も、思慮深い時間というのをあまり持続できないのだろう、自らの頬を数回掌で叩くと「よし」と呟いた。
そうして、シーツの白が映えるダブルベッドから降りようと上体を捻ってぎょっとしたように動きを止めた。同じように額に手をあて、物憂げに顔をうなだれている相方がすぐ横にいたからだ。

「ほむら…」

さやかの蒼い瞳が共に夜を過ごした相方を映し出す。
長い黒髪に、透き通った白磁のような肌。キャミソール一枚を身に纏う彼女の体温がさやかの腕に伝わってくる。汗をかいたのだろう、キャミソールは湿気を含み彼女の身体にぴったりと貼りついて。

「……っ」

さやかは思わず息を飲む。そうして慌てたように視線を逸らした。
相方の身体のラインが汗で浮き彫りになっていたからだ。彼女の頬がほんの少しだけ紅潮する。相方を見て興奮している己を戒めているのか、彼女は自分の頬を軽く叩いた。

「ど、どうしたのさ…?」

ぎこちなく、また視線を黒髪の相方にみやる。相方はといえば、右手で額をおさえたまま上体をやや前かがみにして身じろぎひとつしない。長い艶のある黒髪がかかり、その美しい横顔は隠されていた。

……気分でも悪いのかしら?

困惑気味の表情を浮かべていたさやかが心配そうに眉を潜める。おそるおそるその美しい髪へ手を伸ばそうとしたその時、

「……痛い」
「へ?」

ゆっくりとほむらがさやかの方へ顔を向けた。長い黒髪が頬と艶のある唇にかかり、アーモンド型の切れ長の目は熱を帯びたように潤んでいる。

――は、反則よ、あんたっ!

さやかは心で叫ぶ。
至近距離で大人の色香を発揮されれば誰でも(同性でも)動揺するだろう、それが「恐ろしいほど」美しい黒髪の相方ならなおさらだ。10年経っても、まったく彼女の美しさに馴れない自分をさやかは嫌と言うほど痛感する。

「頭が…痛いのよ…」

はあ、とため息をついて、ほむらは目を瞑る。長い睫毛にアメジストの瞳は閉じられて。

「え、だ、大丈夫?」

さすがに見惚れていたさやかも、相方の様子が尋常じゃないのに気付き慌てはじめる。

「水取ってくる?」

ベッドから降りようとするさやかの肩にほむらが手を置く。そうして2、3回軽く叩くと首を振って囁いた。目は瞑ったままだ。

「…いいわ、貴方も夜勤明けでしょ、自分で取ってくるわ…」

額をおさえたまま、ほむらはベッドから降り、ゆらりと立ち上がった。ふらふらと所在なげに彼女の頭が左右に揺れる。

「ちょっと、あんた…」

ガシャン

大きな音を立てて、窓辺の白いテーブルに置かれたカップが転がった。立ち上がったほむらが前のめりになり、テーブルに両手をついたのだ。昨夜のコーヒーがテーブルから床へと零れおちる。

「ほむらっ」

はじかれたように、さやかはベッドから降りると、すぐさま彼女を後ろから抱きしめた。
そうして、前のめりな彼女の上体を起こす。抵抗はまったくなく、そのままほむらはさやかにもたれる。


「あんた…」

くにゃりと、軟体動物のように力の抵抗無くしなだれかかるほむらの額にさやかの手が触れる。

――すごく熱い

「熱あるじゃないの!」

さやかはほむらをベッドへ引き戻す。ほむらは苦しそうな表情を浮かべながらも、くすくすと笑った。

「強引な犬ね…」
「笑ってる場合じゃないでしょ!」

ほむらを仰向けにすると、さやかは慌ただしげに彼女の額やうなじに手を回し、熱を確認する。くすくすと笑い続けるほむら。

「大げさね…」
「大げさじゃないわ」

こういう風にほむらが高熱を出すことが過去にも一度あった。

『大丈夫よ』
『大丈夫じゃないってば』

確か20歳の頃だったと思う。あの時も似たようなやりとりをした。
初めて二人が身体を重ねた翌日だった。馴れない行為にほむらの身体が衰弱したのだろう。それで風邪を引いてしまい高熱を出したのだ。その時はさやかは自分の所為でほむらがこうなったのだと激しく後悔したのを覚えている。

元々彼女は身体が弱かった。
これは相当後になってさやかは知ったことだが、幼い頃からずっと病院の入退院を繰り返していたのだという。そんなか弱い身体で魔法少女になっちゃってさ…とさやかがぼやくと、ほむらは涼しい顔で応えたものだ。

『今は違うもの』

そうして寂しそうに笑い付けくわえる。

『私は悪魔なのよ』

だからといっても、元は人間なのだ。時折このように先祖がえりではないが、悪魔でも人間だった頃のように風邪を引くのではないかとさやかは思った。

とりあえず、通常の人間と同じように、体温を測り、薬を飲ませようとさやかは思ったが、はっ、と我に帰る。

ここには救急箱はおろか体温計すらない。

ったく、と舌打ちするさやか。お互い、傷や病気とは無縁の身体なのだと思いこみ、そういった医療品を購入しなかったのをひどく後悔した。腰に手をあて、はあ、とため息をつく。

「薬を買ってくるわ…すぐ戻るから」

苦しそうに目を瞑るほむらを心配そうにしばらく覗き込んだ後、さやかは外へ出た。

 

************

 

買い物を済ませ、家へと戻ったさやかはまずほむらの身体を拭いた。くすぐったそうに笑い、からかうほむらに顔を赤くしながらもさやかは事を終えると、今度は風邪薬を飲ませ、体温計を脇に差す。

「…子供になった気分だわ」
「たまにはいいんじゃない?」

相方が心配なのだろう、さやかの表情は普段よりいささか固い。そんな表情を面白そうに見つめる風邪を引いた悪魔。

「…貴方って、たまには真面目な顔になるのね」
「たまにって、私はいつも真面目よ」

口を尖らせて抗議するさやかを見て、とうとう悪魔はくすくすと笑いだした。熱のため頬は紅潮し、目は潤んでいるため、その笑顔はとても艶めかしく見える。笑い過ぎたのか、こほ、こほと咳込む。

「あーもう、笑うから…」
「フフフ、そうね…」

相方に背中をさすられ、気持良さそうにほむらは目を瞑った。
どうやら薬が効いてきたらしい。おとなしくベッドに収まっているほむらを見ていると、まるで普通の一般女性のように見えて、さやかは不思議な気持ちになった。

「ねえ」
「……何?」
「……あんたって、ちっちゃい頃からこうやって病院のベッドにいたの?」
「………ええ」
「そう…」

何か言いたげなさやかの顔を、面白そうに目を細め見上げるほむら。

「なあに?何か言いたいことでもある?」
「…うん、いや…あんたが…」

ピピピ…と電子音が軽やかになる。体温計の計測が終わったのだ。さやかがほむらの脇に手を入れ体温計を抜きだすと、すかさず表示画面を見る。

38.8度

「……高いわ」

さやかがため息をついているのを、ほむらはただ面白そうに見ているだけで。
そうして、その唇がゆっくりと動いた。

「さやか」
「何?」

白い手がさやかの手を掴むのだ。

「抱っこして…」

*      *       *

はあ、とため息をつきながら、心地よさそうにほむらは目を瞑る。

「大丈夫?」

さやかがほむらの額に手を添える。くすくすと笑うほむら。

「あんなに激しくされて、大丈夫って聞かれても…困るわ」
「え、ちょ、だってあんたが…」

ほむらをさやかが背後から抱きしめる形で、二人はベッドの中に収まっていた。
おそらく顔を紅潮させているであろう背後の相方を宥めるため、ほむらは手を伸ばしその蒼い髪を撫でる。顔を向けると、確かに相方は顔を赤くしており、ほむらは相好を崩した。
「冗談よ」

そうして、相方の髪をひっぱると、申し合せたようにさやかが顔をほむらに近づけ、二人の唇が触れる。しばらく互いの唇の感触を楽しんでいるのかそのままの状態が続いた。

音を立てて、唇を離すと、さやかがふてくされたように、ほむらを抱きしめている腕に更に力を込めた。さも可笑しいと言わんばかりに、身体を震わせて笑うほむら。

「病人に甘えてくるなんて、手のかかる人…」
「だって…」
「だって…なあに?」

優しくほむらは聞いた。さきほどから何か言いたげな相方を楽にしてやりたいとでもいうように。それでも言葉を紡がないさやかに促すようにほむらは囁いた。

「さっき…貴方は何を言おうとしていたの」

しばらく沈黙が続いて、ようやくさやかが口を開いた。

「あんたが…普通の人に見えて…怖くなったの」
「………」
「本当は、悪魔でもなんでもなくて、ただの病弱な女の人で…もしかしたら、病気で」
「病気で?」
「し…死んじゃうんじゃないかって」

絞り出すように、さやかは声を出した。震える手。

――そうなのだ

「私、嫌よ」

震える声。ほむらは彼女の手に包むように自分の手を添えた。

「あんたがいなくなったら…どうしていいのか…わからない」

――恐れているのは悪魔だけではなかった

さやかは怖いのだ、彼女を失うことが。

『ごめんねほむら…私が昨日あんなことしたから』
『馬鹿ね…私もしたわ』

あの時も、気にすることはないとでいうように、ほむらはただ笑ってさやかを許してくれた。だが、悪魔でもこのように熱を出すことがあるのだ、もし、病気で死に至ることがあれば…?そう思うと、さやかはぞっとする。

もし彼女がいなくなれば、私は誰とこの日々を分かち合えばいいのだろう?

魔獣と戦って疲労困憊した時に、疲れを分かち合う時は?
人と融合した魔獣を手に掛けた時の苦しみを分かち合う時は?
時折訪れる平穏な日の喜びを誰と共有すればいい?

ほむらしかいない。遠い昔…世界の改変の記憶を共有している彼女しか。

「……一人にしないで」
「馬鹿ね」

さやかの声を遮るようにほむらは囁く。

「悪いけど、私は死なないわ…決して…自惚れないで…美樹さやか

辛辣な台詞を悪魔は優しく、とても優しく囁く。そうしてさやかの手を解くと、身体をゆっくりとさやかの方へ向けた。泣きそうな顔をしている「犬」の顔を見て、「飼い主」は苦笑した。

「それとも、私がそんなに力が無いように見える?」

ん?と小首をかしげながら、指で相方の唇を抑えながらほむらは囁く。声の出ないさやかはただ首を振るばかりで。そんな相方の頬をほむらは両手で包んだ。

「私は死なないわ…貴方がのたれ死んでも」
「本当…?」
「本当よ」
唇を近づける。

「本当に本当?」

思わず吹き出し、ほむらは顔を背けて笑う。元々大人らしくない所が多い相方だが、ここまで子供のようになられると悪魔も手がつけられない。歯をみせて笑いながら、ほむらは相方の額を叩く。

ぱちん

「あいたっ」
「くどいわね…殺すわよ?」

しゅんとなった相方の唇をほむらは塞ぐ。軽くついばむように何度も唇を塞ぎ、そうしてゆっくりと顔を離すと囁いた。

「もう一度抱っこしてくれる?」

こくり、と頷くさやかを見て、満足そうにほむらは身体をさやかに預けた。

「あんたの身体…熱いわ」
「…中はもっと熱いわよ?」

そう言って、ほむらは目を瞑った。さやかの手が腰に回されるのを感じながら。

 

***************

 

 

翌日、悪魔の熱は無事下がり、さやかの心配も解消された。しかし。

ピピピ…

軽快な電子音がして、ほむらはさやかの脇から体温計を取り出す。

「38.5度…熱ね」

キャミソール姿のまま、腰に手をあててほむらが呟いた。
「いや、ただの微熱よ、大丈夫だから」

潤んだ目で蒼い髪の相方はほむらに訴える。元々彼女は体温が高いので、これくらいならなんとかなる、仕事も行けるという自信があった。しかし、悪魔の方は目を尖らせて。

「…貴方何言ってるの?これで仕事とか馬鹿としかいいようがないわ」

はあ、とため息をつき首を振る。普段のほむらだ。

「いや、で、でも今日は出勤しなきゃいけないのよ!じょ、上司に殺されるわ!」
「私に殺されるのとどっちがいいの?」

う、と言葉に詰まるさやか。そんなさやかを横目に、にやりとほむらが笑った。さやかはいやな予感がした。軽やかに悪魔はサイドテーブルに近づくと、蒼の携帯を手に取る。

「あ、ちょ、ちょっと!」

弱って身体がよく動かないさやかの静止を難なく振り切り、ほむらは電話をかける。

――まさか、まさか…!

ほむらには、さやかの直属の上司の名前を教えてある。

「あ、もしもし、岡山さんですか?私、美樹の友人の暁美です」

――ジーザス!

さやかは頭を抱え、ベッドの中で悶えた。あまりの羞恥でおかしくなりそうだ。
ほむらはよそ行きの声で楽しそうに喋っている。

――な、何を喋ってるのよ!

あまつさえ笑い声まで聞こえて、さやかは恐ろしくなった。主任と相方が会話するなんて状況想像すらしていなかったのだ。

――なんだか恥ずかしいわっ…
そうしてしばらくしてから会話が途切れた。

「……な、何をしゃべってたのよ?」

シーツからゆっくりと顔を出し、さやかが囁くと、ほむらは満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「あら、いろいろよ」
「いろいろって…!」
「…とりあえず貴方の上司からはお休みの許可をもらったから、今日は休みなさい」
「うひゃあ、もう…は、恥ずかしいわっなんだか!」

「いろいろ」がどんな内容かは答えず、ほむらはただ休みの許可をもらったことだけを告げた。その回答に恥ずかしそうに悶えるさやか。それはそうだろう、職場の上司と、長年同居している相方が会話したのだ。オンとオフの世界がリンクした時ほど照れくさいものはない。そんなさやかの様子を見て、クスクス笑いながら、ほむらはベッドの端に座る。そうして、さやかの頭をぐい、と手で強引に引き寄せると、華奢な肩にその頭をのせた。

「休みなさい」
「へ?」

真剣なほむらの声に、思わず変な声をあげるさやか。

「だいぶ貴方も疲労しているわ…」
「……」
「私も貴方がいないと困るのよ」

そうなのだ。ほむらも…相方を失うことを恐れていた。うん、と相方の華奢な肩に顔を埋めながらさやかは囁いた。気持ちよさそうに目を瞑る。

「でもその前に」
「へ?」

不思議そうに顔をあげるさやか、そこには何か面白いものを見つけたように輝いているアメジストの瞳があって。

「貴方、昨日の抱っこ途中で終わってたわね?」
「え、あ、あれは…」

そうなのだ、結局あれから数回「抱っこ」が行われたが途中でさやかは眠りに落ちてしまった。

「昨日の続き…やるわよ?」
「いや、ちょ、ちょっと、私今身体がだるくて」
「あら、私も昨日身体がだるかったわよ?おわかり?」

そう囁くと、ほむらはさやかに覆いかぶさる。
ニヤア、とほむらの口元があがった。悪魔の笑みだ。

――し、心配なんてするんじゃなかったわ!

ほむらの体温を感じながら、さやかは目を瞑った。

それからさやかの熱が下がったのは、二日後だったという…。


END