さんかくの部屋

アニメ、ゲーム、ミステリ感想、二次創作多めの雑多ブログです。最近は、まどか☆マギカ、マギアレコードばっかりですがよろしくです。

流されて密室‐完結編―     

嫌な音がした。


ねねねはただ呆然と落下した蛇を見つめていた。無数の紙が舞い散ると、中から「ドニーだった」モノが現れる。



「……っ!」




思わず目を逸らす。人としての形状をとどめてはいるが…
それは最低限であり小説家であるねねねでも言葉では言い表せない状態だった。
もし直視したら、自分の何かが崩れる気がした。




「終わったな」
「あ、あんた…」




ねねねが怒りに燃えた目で言葉の主を睨む。視線の先には笑顔を浮かべている読子がいた。
不思議そうにねねねを見つめると「何故怒る?」と囁いた。




「なんでですって?あんた…人を殺してんのよなんで笑っていられるの!」
「おまえを助けた」




ねねねは絶句する。こいつには既成概念が無い…そしてモラルも、あらゆるものを超越した気にでもなっているの?
怒りがふつふつと湧いてきた。このような非道な振る舞いに、そして先生の中にそんな「奴」が憑いていることに。
彼女にとって、読子はただの「優しい蔵書狂」なのだ。そんな読子が冷酷に笑みを浮かべるところなんて、
ねねねにとっては悪夢以外何者でもない。




「あんた…その顔で、センセイの顔で笑わないでよ!」





ぱあん!と乾いた音が響く。ねねねの右手平手打ちが読子の頬にヒットした。
一瞬きょとん、とした表情を浮かべた後読子は笑った。




「ハハ、アハハ…面白い!私もおまえが気に入ったぞ」




ねねねの平手を気にするまでもなく、読子はにやりと笑うとねねねが恐れていたことを囁く。





「そろそろ読子が起きる、後は頼んだぞ」
「ちょ、待ちなさいよ!あんた…絶対許さないからね」
「また会おう、菫川」





読子の顔が真顔に戻る、頬を抑え「あれ、痛い?」とつぶやくと、きょとんと、ねねねを見つめる。




「先生…大丈夫ですか?」
「……センセイ?戻ったの?」
「はい、なんとか、でも一体何が」




よろよろとねねねが読子に近付いて、もたれかかる。
読子がねねねを抱きとめると、ねねねの体がひどく震えているのに気付いた。



「先生?」
「……」
「何があったんです?」



ねねねは何も語らない。ただ、固く目を瞑って読子の胸に顔を埋めたまま。不審がる読子
最愛の人に自覚の無い大罪を伝えることなどできるのだろうか?



「…え?」



だが、読子は気づいた。「ソレ」をよく見るため、ねねねの体を離そうとすると、ねねねは慌てて読子の体にしがみついて「ダメ」と囁いた。




「離してください、先生、アレは…」
「ダメ…見ちゃダメ、ダメだってばあ!」




最後、ねねねの声は悲鳴になる。かつてない力強さで、ねねねの体が読子から引きはがされた。ねねねが恐る恐る振り返ると、読子
ドニーだった残骸の前で立ちすくんでいる。




「センセェ…」
「………………ドニー」




読子が地面に座り込んだ。前のめりになって、何度か元恋人の名を呼ぶ。




*       *        *        *         *           *          *


悪夢は払拭された、菫川先生のおかげで。


だが、それは違った。ドニーを殺したのは夢ではない、現実なのだから。まざまざと現実を突きつけられた。





「う、う…ぐふっ」





読子の口から液体がこぼれる。胃液が逆流しているのだ。頭が割れそうに痛い。



ああ、また私はドニーを殺した、しかも前よりもこんな…こんな…



試験管の中のドニーが読子の脳裏に浮かぶ。




「ぐはっ…」





読子は嘔吐した、涙しながら、贖罪しながら。ドニー、ドニー、ごめんなさい、ごめんなさい…





「センセ!!」





力強い腕が読子の肩に巻きつけられる。ねねねだ。必死に読子を悲しみから引き上げようと、無我夢中で後ろから抱き締めている。





「センセイのせいじゃない…絶対違う、あんたは操られてたんだ、だから…だからあんたは悪くない!!」
「いいえ、いいえ、ドニーをこんなにしたのは、私…私なんです、だからもう」
「アタシが殺したんだ!」
「え?」




突をつかれて、読子の嗚咽が止まる。もちろん嘘だ。だが、読子の意識がしっかりしてくれるのなら、ねねねはそれでいいと思った。



…こいつをこんな状態にさせるくらいなら、アタシが100回嘘をついたほうがいい!




「アタシなんだよ、殺したのは、だから・・・だからあんたは悪くない!しっかりすれ!」
「…先生、そんな嘘、どうして」




もちろん、読子だってねねねの嘘は瞬時に見破っている。だが、しかし、こんな状態でねねねが嘘をついた事実が読子の心を動かしていた。
…チャンスだ、とねねねは思った。今なら読子が精神崩壊を起こすのを止められる!




「あ、あんたが、こんな風になるのが嫌だから」




…そしてもうねねねは嘘をついていない




「あんたが笑ってくれるんだったら、アタシは何回だって嘘をついてやる!だって…」




…そう、ただ素直に自分の気持ちを伝えるだけで




「だって…アタシはあんたが」




*         *         *          *          *          *



「好きだから!!!」





そう答えた瞬間、目が覚めた。ねねねの目の前にはにやにやしているミシェールと、アニタ、そして心配そうなマギーがいる。




「ひゅーひゅー、まああ二人ともやっぱお熱いんですねえ」
「ねね姉、大胆…」
「素敵でした…」




気持ち悪…とつぶやいて、ねねねは頭にかぶせていたヘルメットを取る。ヘルメットには無数の管がついていた。
白服の男が笑顔でねねねに語りかける。メガネはかけていない。





「どうでした?仮想空間相性判断ゲームは?」
「……こんなにハードな内容とは聞いてなかったわ」





ねねねが髪をくしゃくしゃ掻きながら、機嫌悪そうにつぶやく。
そう、ここは都内の遊園地、今はやりのバーチャルアトラクションがあると聞いてねねねは三姉妹と遊園地へ繰り出した。
…嫌がる読子も無理やり連れて。





「でも、やろうと言ったのはねね姉だよ」





アニタが口をとがらせて反論する。
そうなのだ、相性を判断できると聞いて、(たぶん、読子と初めて遊園地に繰り出したという事実もあって)浮かれたねねねが言いだしたのだ。





「しっかしさあ、人とか死ぬか?普通…」
「え?そんな設定はありませんよ」
「ねね姉、仮想空間でも寝てる…」
「うるさい」



モニターを見ると、確かに設定はハワイだかなんだか、見てて恥ずかしくなる南国のビーチだ。
ねねねは不審気に白衣の男に問いただした。




「ねえ?途中、研究所って設定なかった?こいつを実験するとか」




こいつと言って、隣で寝ている読子を指さす。読子はまだヘルメットをかぶったまま眠っている。
一抹の不安がねねねによぎった。





「は?ハハハ、貴女は不思議なことをいいますね、設定は南国ビーチでサメに襲われそうになった貴女を
彼女が救えるかという設定で、そこで相性を判断するというものでした」





…マジやめて





ねねねはぞっとした。そんな設定は一切見ていない。ねねねは読子に近寄る。





「センセ…センセ」
「ん…」




読子が身じろぎする、ねねねはひとまずほっとするが、ヘルメットを取った後の読子の表情を見て驚く。
読子は泣いていた。悲痛に満ちた表情には涙の跡があった。




「…センセ、センセもあの夢…みたの」
「………先生も…見たんですか」





二人は言葉も無くただ見つめあう。理由も知らず、三姉妹と白衣の男はただ、二人をまぶしそうに見守っていた。





*         *          *          *          *



「そろそろ寝ましょうか」
「うん」





結局あれから、ねねねは読子の部屋に泊まることにした。(三姉妹にからかわれながら)
読子から渡された新聞紙を器用に体に巻きつけ、読子の横に仰向けになる。互いの体温が心地よい。




…あれは夢じゃない




ねねねはそう確信していた。SFはまだ開拓中の分野だが、それでも「パラレルワールド」の意味は知っていた。
あの時、自分と読子は今と違う別の並行した世界へ飛んだのだ。そして、稀ではあるが、無事元の世界へ戻ってきた。
そういうことではないか?だとしたら…





「先生」




読子が天井を見たまま、ねねねを呼んだ。「何?」とねねねが読子の横顔を見つめる。
青白い月の光に照らされた読子はまるで別人のように神々しく見えた。





「ありがとうございます」
「へ、何を?」
「あの時…」





「あの時」と聞いてねねねの心臓が高鳴る。
今でもあの読子が嘔吐し、慟哭し、そして贖罪していた情景を思いだすと胸が張り裂けそうになる。





「センセイが助けてくれなかったら私…ん…」





だが、読子は最後まで言葉を続けることができなかった。口をねねねに塞がれたからだ。
しばらくして、ねねねが顔を離すと、互いの口から吐息が漏れた。





「…あれは夢だよ、センセ」
「でも」
「忘れよ…ふ…んっ」





今度は読子が下から手を伸ばし、ねねねを引き寄せ唇を重ねた。
怖かった、忘れたかった。ねねねが読子の頬を優しく包む。





…こいつが幸せになれるなら、アタシはなんだってやれる…





あの違う世界での経験がねねねをことさら強くした。
読子を救うためなら自分自身がどこまでも堕ちていけることを彼女は知ってしまった。
しばらく唇を好きなだけ貪らせると、ねねねは顔を少しだけ離し、「ちょっと待って」と読子に囁いた。





「その前に確認しなきゃ…」
「え?」





ねねねは読子の青い目を覗き込んで、「…いるんでしょ?」としっかりした声で言った。
読子の青い目が月の光で怪しく光る。口元がニイ、とつりあがった。




「…なぜわかる?」





不敵な表情を浮かべた読子が、ねねねを見上げる。ねねねは動じることなくその視線を受け止める。





「…あれが夢じゃないって知ったからよ」
読子には言わないのか?」
「言うもんですか」





読子の「間借り人」はくっ、くっ、と喉を鳴らして笑った。





「おまえはほんとに愉快だ…」
「いいから、さっさと出て行って邪魔よ、アタシとセンセイの時間なんだから」
「…わかった、おまえに免じて今は眠っておくよ、しかし残念だ」
「何が?」
「普段のおまえから想像もつかない、乱れた姿が見れると思ったのに…」
「…変態」






怒りに満ちた顔で読子を見下ろす。にやりと笑うと、読子の「間借り人」は消えた。





「…しぇんへい…ろうひはんへふか?」
「…なんでもない」





気がつくと、読子は両頬を引っ張られていた。おまぬけな読子の顔を見て、ねねねの表情にもようやく笑顔が浮かんだ。




「じゃ、続きしよセンセ」
「はい」





二人は固く抱き合う。




こいつさえいればそれでいい…





ねねねは幸せそうに目を瞑ると、生まれて初めてこのままずっと夜が明けなければいいと…そう思った。




END







<あとがき>

読子さん、二重人格説〜