「てかさ、あんたたち一体何者?」
ねねねが腕を組みながら目の前の白衣の男を睨む。ねねねの眼前には大スクリーン、そこに読子、ミシェール、マギーの三人が映し出されていた。
「…実は私たちもよくわかっていないのですよ」
そう言って、ねねねににらまれた男はにやりと笑って頭を掻く。仕草といい、不格好な黒ぶちメガネといいなんだか読子に似ている。
あいつの変装じゃねえのか?と一瞬ねねねは思ったが、画面にでかでかと自分の想い人が映っている以上、それはないだろう。
「わかってないって、じゃあ、あんたたちなんでこんなことしてんのさ?」
ねねねの傍にいたアニタが抗議する。
「さあ…ただ私たちの務める研究室にこの紙が届きましてね」
そう言って男は二人に紙を見せる。
『極度のビブリオマニアの3人が本無の空間に閉じ込められたらどうなるか?
一定時間経った後で
① しょうもないパンフレットを一枚投下
② 紙とペンを投下
③ 極限状態で菫川ねねねを投下
するとどうなるか?
』
「何このメモ?こんなんどこから来たの?」
アニタがしごく当然な質問をする。すると男は頭を振って「わかりません」と辛そうに言う。
「わからないのですが、このメモは絶対命令なんですよ、私たちの研究室ではずっと前からこのメモのとおりに実験を繰り返してました」
「…なんだかそれって、気持ち悪いね」
「ていうかさ、このメモ…」
ねねねが怒りを抑えた表情でつぶやく
「この③は何?なんでアタシが投下されないといけないの?」
「あ〜これがこの実験のキモでしてね…ぐは!」
ねねねが白衣の男の襟元をしばりあげる。
「あんたねえ!人をおもちゃみたいにするのいい加減にやめなさいよ!ああいう状況でアタシを投下したら…」
「そう…ですね…まさに…野犬の群れに肉…く、苦しい…で…す」
「ねね姉、ストップストップ!この人死んじゃうよ」
そう、極度に本に飢えているビブリオマニアに作家を投下したらどうなるか?考えるだけでおぞましい状況になる。
それは野犬に肉どころではないだろう、それどころか思春期真っ盛りな男の群れに下着美女を投下するよりも危険なことかもしれない。
「…な、なによ、今すごい変なこと考えたでしょ!あんた!」
「へ…いや私は何も言ってませんが…」
首を絞められ続けた男は苦しそうにごほごほせき込む。ねねねは顔がなぜか真っ赤だ。
「ねね姉?どしたの」
「い、いや、なんでもない!別に変なこと考えてない!」
変なことってなんでしょうかね?と男は思いながらも二人を観察する。
「大丈夫だよ、ねね姉、ミー姉やマー姉はいくらなんでも本に飢えているからといってねね姉を襲わないよ」
…あいつ(読子・リードマン30歳 無職)はわかんないけどね、とアニタは言った。
「…そうなんだ、あいつが問題なんだ」
ねねがため息をついた。ミシェールやマギーはビブリオマニアともいえど自分に対しては畏敬の念というか、理性が働く気がして
安心なのだが、どうも、どうしても読子だけは安心できない。以前、高校時代に一緒にいった大型書店ではエレベーターが定員オーバー
で、アタシを突き飛ばして自分だけ上の階に行った奴だ…本を前に理性が働くはずがない。
もし…極限状態でアタシを見つけたら、あいつはどうするんだろう?
ドキドキしてきた…あれっ?なんでアタシドキドキしなきゃいけないんだ?
「ん?ねね姉顔真っ赤だよ?何考えてんの?」
「…ば、何も考えてない!変なこと考えてない!」
だから変なことってなんなんだ…と男は心で突っ込みながら実験開始を告げた。
「それでは実験①を開始します」