なんだろう、この場面を自分は以前にも見たことがある。
確か…確か…
「久しぶりだね、読子」
目の前にいるのは…ドニー、私の愛してやまない人だった。そして…
「先生!しっかりして」
ドニーが羽交い絞めにしている少女は…菫川先生、私の…
読子は紙を構えながらも、動けずにいる。薄い青い目がただ、2人を映し出すばかり。
読子達が、ドアを開けてこの部屋に入った時、すでにねねねはドニーの手中にあった。アニタはドニーに突き飛ばされたショックで
気を失っている。2人の姉がアニタに寄り添った。誰何するまでもなく眼前の人物が誰か判明した読子は激しい精神的な動揺で動けずにいた。
「…どうしたんだい読子?」
読子の動悸が激しくなる。息が荒くなっていく。読子は過去にドニーを殺害している、そのトラウマが眼前の人物によって
引き出された。
「…あ、あなたはドニーじゃありません」
紙を持っていない方の手で読子は胸元を抑える。息が苦しい…吐き気がする。
「なぜなら、私があなたを殺したから」
「確認したのかい?」
え?と読子が驚く。ドニーは優しく微笑むと諭すように語りだした。
「僕を殺した時、君は最後まで確認しなかった。確か…あれからずっと自分の部屋にこもっていたと聞いたけど」
…2週間くらいだったかな?君が本を読めなくなったのは…と楽しそうにドニーは語りだす。
「…やめて」
読子の頭の中で警報が鳴る。これ以上は危険だ、と。これ以上ドニーに似た男に自分の過去を語らせたら、自分はおかしくなってしまう
と感じた。そう、そもそもザ・ペーパーの読子・リードマンという人格はドニーの死後完成している。圧倒的な精神的苦痛、師であり恋人でも
ある男を殺した事実が、彼女の人格を一度大きく崩壊させていた。通常の一般女性としての人格、ビブリオマニアとしての突出した人格、
そしてエージェントとしての人格、ザ・ペーパー継承時に得た紙使いとしての特殊な人格。そのすべてが再構築され、今の読子になっている。
「センセ…」
ねねねは辛そうに読子を見つめる。ねねねにとって、高校時代に出会った読子が全てだ、過去の読子なんてどうでもいい、
そう伝えたかった。もどかしい説明のつかない想いが溢れる。
「それでも、あなたはドニーじゃない」
「なぜそう言える?」
ドニーは笑う。楽しそうに。まるでもう答えは知っているのに、読子の口からそれを聞きたがっているかのように。
「大英図書館で…」
読子の頭の中でフラッシュバックが起きる。試験管、そして試験管の中の…中の…
ぐっ、と読子が口を抑えた。
「試験管の中の僕は…どうだった?」
咆哮が起きた。それは読子の口から、溢れだすように、紙が一斉に舞い始める。
意識を取り戻したアニタがおびえたようにミシェールにしがみつく。
「…来たなザ・ペーパー」
嬉しそうにドニーが微笑む。髪をたなびかせて立ちすくむ読子の周りに紙が従者のように舞い、まとわりつく。
ドニーはねねねを解放すると、両手から紙を出現させ構える。
「君に…会いたかったんだよ、読子の中にいる君に」
「?」
ドニーの台詞を不思議そうに聞きながら、ねねねは読子を見つめる。薄い青い目に宿る強い意志の光。
座り込んだねねねを中心に円を描くように2人は歩きはじめる。間合いを詰めることはしない。
かつて師弟関係であり、そして恋人同士であった2人は見つめあい、今まさに戦おうとしている。
読子が横目でドニーを見つめながら口を開いた。
「久しぶりだな…ドニー、とっくに死んでいると思ったが」
「嘘…」
ねねねは驚いた。
…センセイじゃない…
そう、言葉づかいだけではない、醸し出す雰囲気も違う。一体誰なのか。
「君に会いたくてね、甦ったのさ」
「ふうん、変わってるな。わざとこの女に殺されて、ペーパーを継承させたくせに」
読子は冷笑を浮かべ、そしてねねねを見つめる。思わず身を固くするねねね。なぜだろう、見た目はセンセイなのに…怖い。
「…安心しろ、おまえは殺さない。どうやらこの女のお気に入りのようだしな」
「あんた、誰?センセイを返してよ!」
大切な想い人がまったく知らない誰かに取りこまれた怒りで、必死に叫ぶねねね。
一瞬きょとんとした読子は次の瞬間笑っていた。
「はは…ははは!面白い、なるほどこの女が気に入るわけだ」
ひとしきり笑ったあと、読子はねねねを面白そうに見つめ、大丈夫、と囁いた。
「私は読子・リードマンの中に間借りしている者だ、今、読子は悲しみで気を失っているだけだ、また…出てくるさ」
冷淡なはずの間借り人は、ねねねに対しては限りなく優しかった。これも読子の想いのなせるわざか。
さあ…とつぶやいて読子はドニーの方を見つめる。
「そろそろ、決着をつけようかドニーのクローン君」
つづく
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