さんかくの部屋

アニメ、ゲーム、ミステリ感想、二次創作多めの雑多ブログです。最近は、まどか☆マギカ、マギアレコードばっかりですがよろしくです。

空の狭間で


空の狭間で



大英帝国の事件が落ち着いてしばらくしてから、読子はまた忽然と姿を消した。


「…まったく、あいつはぁ」


うねるような声をあげたのは菫川ねねね。陽光に照らされた茶褐色の髪を一度掻き毟ると
姿を消した主人の部屋をうろうろと歩きまわる。左肩にはショルダーバック、右手には部屋の主への差し入れ。


…久しぶりに二人でいろいろ話し合おうと思ってたのに…あの馬鹿


この5年間何度も味わってきた焦燥感と寂寥の思い。だがねねねはどうしても慣れることができない。
それほど読子との彼女の関係は深くそしてかけがえのないものだった。
むしろ再会を経てからその想いは前にも増して強くなったのか、今ねねねが感じているのは強い喪失感と、
そして再び大切な人を失うことへの強い畏れだった。


…もし、またあいつがいなくなったらアタシは…


ねねねはそこまで考えて頭を振った。これ以上考えるのは危険だ、とでもいうように。
本能的にねねねは読子の存在意義について深く考えるのを避けていた。
これ以上考えたら、自分や彼女の関係そのものがいったん崩れていく恐れがあったから。
くそう、と呟いてねねねは左手で目をこすった。彼女の両目には涙が浮かんでいた。


「バカヤロー…あのメガネ、風来坊、……鈍感…」
「…………先生?」



まるで暗がりで迷子になった子が親を見つけたように、目を輝かせ、そして


「センセイ!」
「あわわわっ…」


子犬が飼い主に飛び込んでいくように、ねねねは読子の胸に飛び込んで行った。
バッグも差し入れも床に放り投げて。
読子は反射的にスーツケースを持つ手を離し、両手をあげフリーズ状態。
ねねねのキツイ抱擁にただただ耐えるのみとなる。


「…先生、い、い、痛いです」
「この大馬鹿っ!どこいってたの!」
「ど、どこって言われても…はあ」


困ったように、生返事をする読子をキッと睨み、その腰を抱いたままねねねは
顔を近づける。あううとその剣幕に怯える読子
黒ぶちメガネの奥に見えるややたれ気味の目は他人の嗜虐欲を刺激する、
ねねねもご多分にもれずその一人だった。ただ一点違うのは、そんな気弱メガネ女が
実は特殊能力を保有する元大英図書館のエージェントだとねねねが知っていること。
そしてこのギャップが彼女を読子に執着させる一因にもなっているわけだが…

ぐぎゅる〜ぎゅるぎゅる〜…

カエルが鳴くような音が読子のお腹から起きた。


「あは、あはは、実はお、お腹すきまして〜」


困ったような表情で頭をぽりぽりと掻く読子、そんな表情を見てはねねねも怒るわけにもいかず、
もう、と言って読子を解放する。


「差し入れ持ってきたから…食べる?」
「もちろんです」


にへら〜と嬉しそうに笑う読子を見て、思わずねねねも笑顔を浮かべる。
こいつにはかなわないなと思いながら。


*    *    *    *    *    *     *      *


国会図書館の特務課?」
「はあ…」


差し入れのサンドイッチを頬張りながら、読子はねねねの質問に答える。
要領は得ないが、どうやら職探しで国会図書館まで行っていたらしい。


「てことはまた…エージェントみたいな仕事なの?」
「ええまあそんなとこです…」


二人並んで読子のベッドに腰掛けながら会話を続ける。
言葉を濁しながらも、読子はもぐもぐ、と美味しそうにサンドイッチを咀嚼した。
ねねねはそんな読子の横顔を見つめながら聞いた。


「……危ない仕事?」
「はい、それなりに」


読子はそういうことは隠さない。ねねねはふーん、と言って今度は足元を見つめる。
以前と違って、ねねねは読子の「仕事」には興味を示さなくなっていた。
5年前なら彼女は確実に読子の危険な任務というものに興味を示し、「ついてく!」と言って読子を困らせたものだが。
5年の歳月が人を変えるのか、おそらく半分は正解だがその半分は…違う。


「ねえ、その仕事…無理にしなくていいんじゃない?」
「へ?」


今度は読子がねねねの横顔を見つめる。口元から半分サンドイッチをのぞかせたまま。
ねねねは何か思いつめたように床を見つめ続けている。


…そう、もともと…アタシは…

5年…読子のいない歳月は、ねねねにいやというほど自分の内面を見つめる時間をくれた。
ねねねに取って、読子の仕事の取材は単に口実に過ぎなかったこと、もっと大事なことは
ただ、ただ、読子と一緒にいたかった、それだけだということ。

今のねねねにとって、読子の「仕事」は大切な人の安否を左右するものに過ぎない。
できるなら危険なことはやめて欲しい、それがねねねの本心だった。


「…アタシまた仕事始めたからさ、あんたがその…嫌じゃなければ」


…ウチに来ない?

ねねねは精いっぱいの勇気を出して読子に言った。頬を少しだけ赤く染めながら。


「先生…」
「あんた一人くらい、アタシが余裕で養えるし」


余裕かどうかは別として、ねねねの申し出を読子は静かに首を振って断った。


「いいえ、それはだめです。私までお邪魔したら、先生は破産しちゃいますよ」
「…あいつらもいるから?」
「ええ、それもありますが、私はその…このビルから離れたくないので」


にへらと笑って頭を掻く読子。たぶん、半分は本当、半分は嘘だろう。読子
ねねねに気を使っていた。


「あんた一人くらい増えたって、全然構わないのに?」
「ありがとうございます…でも大丈夫ですから」
「ふーん…わかった」


不服そうに、ねねねはまた床を見つめる。でも…とねねねは付け足した。


「…あきらめたわけじゃないから」


そう言ってにやりと不敵に読子を見て笑う。そんなねねねを見つめ、読子は意外なことに
笑いだした。


「フフフ…」
「え?」


へらへらではなく、単純に嬉しそうに微笑む読子というのは珍しいもので、ねねねは驚いたように読子を見つめる。
年相応というか、まっとうな反応をする読子というのはめったに見れるものではない。


「先生、大人になったんですねぇ」
「へ、アタシが、まさか!」


読子もまた視線を下に落とした。


「5年って…長いんですね…」
「………」


ねねねは返事をしない。読子は自分の右手を胸元まで持ち上げて見つめる。


「…私、何をしてきたんでしょうか…」


自らの罪科を問うような目つきで手を見つめる読子、おそらくは大英図書館での出来事を
思い出して、また、5年間のナンシーとの隠遁生活を思い出して。

ぎゅっ、と読子の右手をねねねが握った。


「先生?」
「…思い出さないで」


お互い掌を合わせるような形になったあと、ねねねは自分の指を読子の指に絡ませ強く握る。
冷たい読子の手にねねねの温かい手は心地よかった。


「…今は思い出さないでいいよ…センセイ」
「……………ありがとう」


そう言うのが精いっぱいだったのだろう、読子は返事の代わりにぎゅっとねねねの手を握り返す。
互いの手の感触から伝わる溢れださんばかりの気持ち。
二人は見つめあって、そしてねねねは頭を読子の肩に預けもたれかかった。
何も喋らず、二人は長い間その状態で佇んでいた。

「…センセイ」
「はい?」


しばらくして、ねねねが口を開く、互いに視線は下に向けられたまま。


「…これからどうするの?すぐに仕事するの?」
「いいえ…しばらく外国に行きます」
「ぇ…」


驚いたねねねは読子へ視線を向ける。読子は目を細めねねねを見つめていた。


「今までずっと図書館にこもってたんで、外で本を買いたいなって…」
「そう…」
「先生も行きますか?」


え、と驚くねねね。今まで読子からねねねに何か提案するということは皆無に等しかったから。
まるで長い間焦がれ焦がれて待っていたものがいきなり空から落ちてきたように、
ねねねはこの喜びをどう表現していいかわからず、また自分自身どのように喜んでいいかわからなかった。
読子はそんなねねねを見て、いたずらッ子のように目を輝かせ首をかしげた。


「…行きませんか?」
「行かない訳ないじゃない、嫌というまでついてくからね!」


そう言うと、5年前のように無邪気にねねねは笑った。そんなねねねを読子は微笑んで見つめる。互いの手は握り合ったまま。

空白は埋めることができる…互いの手の感触がそんな希望を二人に与えていた。

そう二人で語りあかそう、今までのそしてこれからのことをこの空の狭間で。



END
 


<あとがき>
テレビ版最終回の読子とねねねが外国に行く前の話。5年という歳月は長いもので
ねねねは自分自身が思っている以上大人になってるんだろうなと。
特に読子は女子高生時代のねねねの面影が強烈だから、ずいぶん大人になったなあと内心驚いているでしょうな。

国会図書館で再会した時のあの長い見つめあい、実は読子がねねねを認識する時間だったりして(笑)